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秋篠走友会(掲示板)


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  Name 高橋幹也

 ニューリバーin八千代 


 2016年12月11日 ニューリバー八千代 
 この大会は、かつては「新春マラソン」という名称で1月に開催さ
れ、八千代市在住 在勤 在学者のみが参加できるというローカルな大
会であった。参加者は1000名程度いたが。一般は50名程度でほとんど
が中学生と小学生であった。私が初めて参加した大会はよくよく考えて
みれば小学校5年の時に参加した、この「新春マラソン」だった。当時
は市役所から坊山のほうに走って行った記憶がある。大雪の日で市役所
裏の急坂で何人も滑っていた記憶がある。その後は高校2年の時にも参
加し1992年まで何回か参加したが、1992年の時に4位になったのだが
当時は八千代市民ではなく、千葉市民であったため、本来は参加資格が
ないにもかかわらず参加し入賞してしまったので以後は参加しなかっ
た。その後にニューリバーin八千代になってからは2001年から再び参
加し始めた大会だ。2001年の時は高橋尚子が世界記録を出したのに感
化されて私も秋口は猛練習をして記録を大幅に更新していた時期であっ
た。あの時はフルマラソンの記録は2時間29分29秒がベストであった。
9月に昭和記念公園で駅伝を走り、10月は観光を兼ねて別海でフルを走
り、10月の袖ヶ浦海浜ロード、11月の勝浦鳴海ロードを走り、防府で
フルマラソンを走り2時間30分を切る「計画」であった。しかし、自分
でもあの程度の練習では2時間30分は切れないことはわかっていた。ま
あ2時間30分は3回切ったし、びわ湖毎日マラソンも走れたし、東京国
際マラソンも99年から3回走ったからいいや・・・・なんて思ってい
た。しかし高橋尚子は2時間20分を切って世界記録を打ち立てたので
あった。まあ、彼女がどんな練習したのかは想像がつく、それに対して
俺は大した練習もしていないのに自分に妥協してしまっている、いや妥
協なんてきれいごとではない、自分にまけているのだ、これに気が付い
て猛練習計画を立てたのであった。
2017/8/17 20:21
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  Name 高橋幹也

勝浦鳴海ロードレース その3


 ゴール後は畑中氏に会い少し距離についての話をした、主催者の方と
も話しをしたが、海岸沿いの国道は警察の許可が出にくくなっており今
後も当分このコースが続くとのことだった。表彰式を済ませると帰宅す
る。昨年までは帰路はいろいろ寄ったが今年はそのまま外房線で帰っ
た。
2015年 誕生寺に寄った。
2014年 御宿まで路線バス
2013年 大多喜の東総元まで路線バス、そこからいすみ鉄道、小湊鉄道
2012年 上に同じ 

1981年からの連続出場を続けているこの大会も無事に終わったよ。
2017/8/14 21:16
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  Name 高橋幹也

勝浦鳴海ロードレース その2


 この大会は老舗の部類に入るだろうが、メ
インの10マイルの部は年代別が無い。あまり
参加者がいないという事だ、2000年前後は
ハーフだったが120人程度しか参加者がいな
かった。大多喜街道の峠越えという、その
コースの過酷さと場所が外房勝浦という事、
時期が11月で成田とかに大きな大会があると
かで、参加者が集まらなかったんだな。でも
今はまあ、そこそこ集まっている。昨年から
会場が武大から市役所に戻った。かつての野
球場後にホールが出来てここが会場。運営は
しっかりしている。8位まで入賞だ。
 スタート時に、ふと見かけた顔があった、藤重氏だ。彼とは防府や札幌国際で走った
だ。北九州に住んでいたが、3年ほど前に、
この勝浦の大会で会った。「藤重さん。九州
から来たんですか?」と驚いたが、今は甲府
に住んでいるとのこと。NECの社員で転勤し
てきたとのことだ。それにしても甲府から勝
浦とは、まあ、遠路はるばるだなと思う。
 そしてスタート。年齢的に優勝は無理でも
何とか8位以内に入りたいという事で位置を
意識しながら走る。武大前を過ぎると長い下
りだ、海まで下る。勝浦湾は風が強いと豪快
な波になのだが、今日は凪いでいる。この大
会の特徴は何といつさても「交通規制をして
いない」という事。走っている脇を普通に車
が走るんだな、それも国道だよ。松部の所か
ら国道を離れ漁港の方面に行く。かつては奥
津まで走ったが今では漁港が第一折り返し
だ。ここで6位なのでマアマアという事で走
るが、折り返しの大会も少なくなったな、と
思いながら見知ったランナーにあいさつしな
がら走る。松部の所で交通規制していない国
道を横断して古い細い道をいく。漁村の中と
いう感じだ。外房有料の入り口から再び武大
や市役所方面に向けて坂道を上る。それにし
てもこの外房有料は無駄遣いの典型道路だ
よ。武大が見えてくると順位もほぼ確定して
くる。市役所前をそのまま素通りして八幡岬
方面に行く、坂道が続く。第二折り返しで順
位を確認、余裕の5位だ。そしてそのまま
ゴールした。記録は1時間02分53秒。少し短
い?。かなと思った。

つづく・・・・
2017/6/30 20:18
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  Name 高橋幹也

2016年11月13日 勝浦鳴海ロード 


 この大会は鳴海と書いて「なるか」と読
む。私にとっては1981年の高校2年の時から
毎年出ている大会だ。16歳から51歳までだか
ら連続35回という事だ。メインの部では過去
7回優勝しており、優勝してなくとも何度も
入賞を果たしている。こうなると主催者はも
とより先導の白バイやら沿道の人までが名指
しで応援してくれる。1981年当時は外房線も
大網までが複線だつた。その後一宮まで複線
が進み、今でき勝浦まで複線だ。所要時間も
1981年当初は千葉から2時間かけて行つた
が、今では1時間25分で来れるようになっ
た。1981年の当日は駅のキヨスクで毎日新聞
を買い、読みながら行ったのを覚えている。
なんか犬のメルヘンの小説も書かれていた記
憶がある。連続18回目の時に表彰されてカツ
オの煮たのを貰ったけど、その後は何もな
し。1981年当時は漁港にあった市民会館が会
場で、そこから城跡まで登り、御宿方面を
回って1周10キロを走った。あの時は高校男
子の部であった。初めて10キロで36分台が出
た大会でもある。その後1983年からはコース
が武大前折り返しになり、20キロの部は海中
公園前まで折り返しになった。更にその後市
役所が高台に移転してからは会場がこちらに
移り、大多喜街道折り返しになった。その後
武大が会場になったりしたが。今では市役所
が会場になり。松部漁港近くが第一折り返し
でその後は会場を素通りして城跡が第二折り
返しになり10マイルのコースになった。2015
年からだな。主催者に聞いたら警察からの許
可の問題でハーフのコースがとりづらくなっ
たとのこと。そもそも、この大会は昔から交
通規制されていない道路を走る、珍しい大会
だ。ランナーが走っているすぐ脇を普通に車
が走るんだよ。道路の横断もある。まあ、そ
れでも事故は起きていない。1993年前後の数
年間はは10月に開催されていたが後に11月に
戻っている。35年も毎年で続けていれば、こ
のレースの事だけでちょつとした論文が書け
るだろう。

続く・・・
2017/6/18 20:48
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  Name 高橋幹也

2016年10月16日 市川リバーサイド


 この大会には何回出たのか・・・数えるの
が面倒だが2014年大会は雨でさぼった。2015
年大会はひどい大会だった。2015年はハーフ
の部があったんだな。会場は2015年から国道
14号線近くの公園に変わった。この2015年の
大会は1周3キロのコースを7周走るんだが、
とにかくコースが狭い。車が1台やっと走れ
るような道の先が折り返しで、すれ違うのが
やっとだ、この区間は実質追い越し禁止区間
だ。おまけに未舗装区間が7割、砂利道まで
ある最悪の大会だった。あとで知ったのだ
か、今まで使っていた行徳橋付近が工事のた
めに使えなくなっていたそうだ。で今年は工
事も終わりハーフは無くなり10キロの部は折
り返しが行徳橋になった。ハーフは無くなっ
た。この大会は家から近いというのも利点
だ。ただ会場は、もし雨が降ったら居場所が
ないという所だ。ただ今年の天気は快晴。走
りやすい気候だ。アップも済ませ、いざス
タートに。スタートラインの10m手前に並
んだが、誰も前に出ないので私が久しぶりに
最前列に並んだ、そして他の人たちも促し前
が埋まった。スタートして最初は北上した。
500bほど走り折り返しがあり、以後は南下
する。スタートが最前列だが、若い人たちに
はかなわない、それでも10位前後をキープし
て折り返しへ。すれ違うランナーの中には見
知った顔もある。一通りすれ違うと会場の前
を通過、竹内さんという富士登山で知り合っ
た女性も役員をしながら応援してくれる。会
場を過ぎると江戸川の堤防を調子良く走る。
第二折り返しで順位を確認。総合で10位、年
代別でも50代なら入賞確実の位置だな、北越
製紙の工場が見えると、ほどなくゴール。記
録は37分56秒。総合10位。50代では優勝出来
た。この大会では焼き鳥屋がなぜか来ている
のだが、なんかあまり言いたくないが、私で
も買いたくなくなるような煤だらけの店だ。
親子でやってるが1本130円、まあ少し買っ
てみた。この大会は表彰式も早い。ほどなく
表彰式で賞品をもらい会場を後にする。昨年
は弘法寺や手児奈堂を見たが、今年は、川べ
りで1時間ほど本を読んだ後、国府台駅から
帰る。この駅から乗るのは高校3年以来だ
な。そんな事を思いながら帰宅した。
2017/6/14 23:28
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  Name 高橋幹也

ロードレース千倉 その4


 鴨川もすっかり寂れてしまった。イオンの
ある辺りは良いのだが、あとはシャツター通
りだ。現在の鴨川は亀田病院とシーワールド
で持つているようなものだ。鴨川から横浜ま
で直通バスが開通して日東交通が大黒字に転
換したのが唯一の救いかな。観光客は増えた
のだろう。日東鴨川バスの本社は、壊れか
かった民家だ。この会社は磁気カードは使え
ず、いまだ現金だ。ここで駅前の書店で時間
つぶした後は880円支払って長狭街道を金谷
までバスで行く。この街道は鎌倉時代は松原
大路と呼ばれていた。昨年も通って、なかな
かよかつた。途中、小中一貫の学校脇を通る
が、ようは小学校が廃校になり中学に合併さ
れたというもの。この鴨平野はかつては東条
御厨と呼ばれる荘園だった所だ、私も定年後
は大学院に進学の予定だが、この地の事で修
士論文を書く予定だ。すでに構想は値つてあ
る。平野は次第に狭くなり、山道に入る。し
ばらくして峠だ。ここを一気に下ると内房
だ。保田の駅前を通過すると鋸山野分を通
る。あわと上総の国境田。浜金谷の駅は素通
りして港に着く。東京湾フェリーの乗り場
だ、ここが終点。ここから駅までは500bく
らい歩く。駅からは内房線の電車。ほどなく
電車が来て千葉駅に着く。かつては房総での
マラソンの後は千葉の万葉軒で駅そば必ず食
べたが、万葉軒も撤退してしまった、残念。
帰宅は6時。家の玄関を開けると、今日の
ロードレース千倉は終わった。。
2017/6/11 12:40
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  Name 高橋幹也

ロードレース千倉 その3


 ゴールしても豪雨は変わらず。アクエリア
スを飲んで少ししていると10キロやハーフの
部の選手が続々とゴールしてくる。見知った
顔を見かけると挨拶をした。ゴール後1時間
もすると雨が止んだ。表彰式を済ませると漁
港に畑中正明氏がいた、旧知のランナーだ、
畑中氏は60代だか、かつては千葉の有名なラ
ンナーでに優勝常連だつた方だ。長椅子に元
警官の友人と腰掛け、ビールを飲んでいた。
すでに仕事はリタイアし、イトを少ししてい
るだけという。二人して、大会に出たり、家
でゆっくりしているそうだ。ここ最近は腰痛
に泣いたが今は完治したとのこと。私も52歳
だが、私も定年後は畑中氏のように記録にも
あまりこだわらず、知人たちと大会でゆっく
り話し、各地を旅行し、気負いのない生活
を゜送りたいとつくづく思った。会場から千
倉駅までは歩いて帰ることにした。しかし、
意外にも途中で道わ間違えた。今まで大会
コースだつた、県道を行くつもりが、そのま
ま横断してしまったのだ。それだけ県道が閑
散としているという事だ。駅に着くと内房線
の千倉鴨川間が不通となり代行バスとのこ
と。予定では九重駅から館山日東バスで鴨川
まで行き、そこから浜金谷まで路線バスで旅
する予定だつた。しかし代行バスなど、そう
乗れるものでもないので、今日は鴨川まで代
行バスで行くことにした。バスの車内は20名
程度か。あまり乗っていなかつた。路線バス
とは少し違う道を鴨川までいつた。

つづく・・・
2017/6/8 18:44
 ReDel