1

陸・3

 カーテンは男の煽りもあって、すぐに陸の二段ベッドの下段に取り付けられた。
 もし、最中に上で寝ている妹が起きたら。不審に思って下を覗かれたら。
 そんな恐怖に怯えていた陸は、新しく取り付けられたカーテンの存在にほんの少しほっとした。
 淡いグリーンのカーテン。
 明るい色のそれを閉めるときは、けれど陸にとっては地獄の時間だった。
 夜中に、男が陸のベッドに押し入ってくる。
 陸は、男に三つ頼むようになっていた。
「カーテン、閉めて。音立てねえで。中に出さないって、約束して」
 自分で自分の体を抱き締めながら、陸は伸し掛かってくる男を睨んだ。
 男はニヤッと嗤って、一度体を起こすとゆっくりとカーテンを引いて狭いベッドの中を閉め切った。
「で、なんだ。音立てるなって?」
 陸は頷いた。
 二段ベッドのすぐ上には妹が寝ている。可愛い、無邪気で無垢な妹が眠っている。
 こんな穢れたことを自分がしているなんて、陸は妹には絶対に知られたくなかった。
 男は嗤って、自分の服の前を開いた。
「いいだろう。その代わり、こっちもおまえの言い分を聞いてやるんだ。おまえにも聞いてもらうぜ」
 既にもう、わずかに上向いた性器を男は陸の前に晒した。
「舐めろ」
 陸は男の言葉が理解できなくて、ただ男を見返した。
 男は陸に手を伸ばして髪を掴み、ぐいと自分の股間へと引っ張った。陸は目の前に迫るペニスに息を飲んだ。
「聞こえなかったか? 舐めてしゃぶって、デカくしろって言ったんだ。おまえが尻に突っ込んでもらいたいデカさになるまで、口で咥えるんだよ」
 男の指が強引に陸の唇を開かせた。
「…ッャ!」
 唇に押し付けられるペニスに、陸は嫌々と首を振った。
 耳元で男が低く脅しの効いた声で囁いた。
「妹にしゃぶらせるか?」
 それは陸に言うことを聞かせる魔法の言葉だった。
 陸は震えながら自分で唇を開いて、息を止めて男のペニスを舐めた。悔しさと情けなさと、気持ち悪さで陸の瞳に涙が滲んだ。
「…そうそう、優しくな。歯ァ立てたら天井叩くぞ。ほら、飲み込め」
 頭を押さえつけられて、陸は開いた唇の中にペニスを迎え入れた。
 口の中で男のペニスはすぐに大きさを増した。滲む味と独特の匂いに、陸はえずきそうになりながら男のペニスを丁寧にしゃぶり、これから自分の尻を犯す凶器を育てた。
「じゃあ俺はこっちを弄ってやるか」
 男は陸に奉仕させながら、ニヤニヤと嗤って手を伸ばし、陸の尻のパジャマと下着をずり下げて丸い片側を掴んだ。乾いた指が割れ目を撫で下ろし、陸の肛門の上をなぞった。
「…っふ、…っぅ…っ」
「熱いなぁ、おまえのココは。ヒクヒクしてやがる」
 治る間もなく次の傷ができるそこは、最近では常に赤く充血して腫れていた。乾いた男の指で擦られて、むず痒い刺激が湧き上がった。陸は段々硬く、太くなる男のペニスを必死に咥えてしゃぶりながら、尻に力を入れて孔を緊張させた。男がその反応を嘲笑い、強引に狭い肛門を指先で割って押し入れた。熱く包み込む肉の感触を楽しむように、男の指は容赦なく陸の尻孔を掻き回した。
2
「…ふ…っ、…っぅ…ン…ッ」
 陸は痛みと、じわじわと尾てい骨から背筋を這い上がる戦慄に息を飲んだ。気を逸らすように必死に陸は男のペニスを舐めた。熱く滲み始めた先走りを唾液と共に口端から垂らし、喉を突く苦しさを味わった。
「…っぅく…っ」
 それでも、尻に与えられる刺激は他の何より鮮明だった。熱く熟れた肉を内側から擦られる行為に、陸はもうすっかり快感を覚えるようになってしまっていた。陸は男の肉棒をしゃぶる惨めな気持ちの中で、自分のペニスが反応を示すのをはっきりと自覚した。
「もういい」
 男の手が陸の頭を押し、陸は唾液まみれにした男のペニスを口から抜いた。
 男は壁に寄りかかったまま、陸の頭を引き起こした。片手を伸ばして、まだ前は辛うじて股間を覆っていた陸のパジャマのズボンと下着をぐいと引き下げ、反応を示すペニスを晒した。陸のペニスは小さいながら硬く上向いて、ぷるぷると先を震わせていた。陸はそれを見下ろして真っ赤になり、小さく肩を震わせた。
「しゃぶって、尻弄られて、勃つようになっちまうとはなぁ、陸。
 由美子以上に淫乱なんじゃねえか?」
 男はニヤニヤと嗤って、両足を投げ出すように座った。
「乗れ」
 陸は両手を突いて項垂れていた顔をぼんやりと上げた。男は顎をしゃくって鷹揚に促した。
「おまえが自分で乗って、俺のチンポを尻に挿れろ」
 男の顔と、天を衝く猛々しいペニスとを交互に見て、陸は瞳に涙を滲ませた。決して泣くまいと濡れた唇を噛んで、陸は嫌だと首を横に振った。
「できねえか? そんだけチンチンおっ勃てといて、今更できねえなんて言えると思ってんのか?
 ──叩くぞ」
 男の肘が壁に向かって振り上げられて、陸は慌てて体を起こした。そんな音を立てられたら妹が起きてしまう。陸は男の視線を意識しながら、半端に脱げかけたパジャマのズボンと下着を足から引き抜いた。
 男がニヤっと嗤った。
「最初から大人しく言うこと聞きゃあイイんだよ」
 陸は唇を噛み、震えながら男の足に跨っていった。すぐ真下に、男の自慢の一物があった。
「──乗れ」
 短く命令されて、陸は内腿に力を入れ、ゆっくり腰を落としていった。唾液と先走りで濡れた先端に会陰が触れた。少し滑って、すぐに熱く充血した肛門に当たった。
「……ハァ、…ッァ」
 怖かった。
 さっきまで自分の口を犯していた男のペニスは硬く、太く、それを自分で挿れるなんて、恐ろしくて陸は滲む涙を片腕で拭った。男のいやらしい目が、早くしろと促していた。陸は必死で腰を落とし、肛門にペニスを擦り付けた。けれど濡れて狭い肛門に男のペニスは大きすぎて、すぐに滑ってずれた。
「…ッハ、…ッァ、ッ」
 何度も繰り返す不自然な体勢に陸の内腿が震えた。男が苛々と焦れた声を上げた。
「早く挿れねえか」
 陸は両手を自分の尻にやって、丸い丘を掴み、惨めな気持ちの中で左右に引いた。涙が堪えられなかった。陸は自分で尻を拓いて、男のペニスの上に落とした。硬い先端を尻を揺すって孔に食い込ませて、陸は次々伝い落ちてくる涙を飲んだ。
 太い亀頭で開かれた孔が痛くてしょうがなかった。
「…ッァ、……っぅ…っ」
 尻孔に半端に亀頭を咥え込んだまま、動きの止まってしまった陸を男がねめつけた。
「…オラ、モタモタすんじゃねえっ」
 腰を突き上げられて、陸は揺れる体に思わず両手で相手の肩に掴まった。
「──さっさと突っ込まねえと、変わりに愛海の口にねじ込むぞ」
3
 近くなった男の唇に低く囁かれて、ひくっと陸は嗚咽を飲んだ。震えながら、陸は痛みを堪えて腰を落とした。きつい孔をやっと亀頭が抜けた。反動で、濡れた幹がズルっと根元近くまで一気に滑り込んだ。
「……ッ痛…ッ、…っァ…ッン…ッ」
 いつもより深いところまで挿入ってしまったような恐怖に、陸は息を止めて硬直した。男が鼻を鳴らして、動けと短く命令した。
「…っリ…っ、…ムリ…ッ」
「動け」
 肩に掴まって泣いて哀願する陸に男は冷たく重ねて言うのみだった。
「…イタ…っ、イタ…」
「チンポおっ勃てといて言えるセリフだと思ってんのか?」
 陸は涙で滲む瞳で自分の股間を見下ろした。パジャマのシャツの隙間から、ぷるぷると震えながらもはっきりと勃起した自分のペニスが顔を出していた。萎える様子もないそれに、陸はただ涙を頬に伝わせ、ぽたっと男の腹に落とした。それは絶望だった。自分の体に。こんな男のものを自分で尻に挿れて、悦んでしまう体に。
「…分かったか? おまえは由美子以上に淫乱なんだよ」
 嘲笑う声で男に囁かれて、陸は震える手で男の肩を掴み直した。
 そうだ。
 母のことを蔑みはできない。
 彼女以上に、俺の体はいやらしくて、どうしようもない。
 情けなくて淫蕩な体。
 陸は男に掴まりながら、痛みから気を逸らして息を吐いた。
「…うごくって…」
「あ?」
「うごくって…どやっ…て…」
 泣いて俯いたままの陸の問いかけに、男は唇をゆがめた。
「そうだな。
 ──おまえの好きにケツを振って、慣れてきたら上下に擦ってみな」
「…っ、…っぅ」
 涙が溢れる。

 こんなに人を憎んだことなんてない。

 陸は男と、自分自身を呪いながら、ゆっくりと腰を揺らした。一瞬走る痛みに息を飲んだ。それをまるで罰のように感じて、陸は苦痛をこらえて無心に腰を揺すった。やがて熱く熟れた肛門を濡れたペニスの根元で擦られる、じわっと滲む刺激が痛みを快感にすり替えるようになった。ぎちぎちに拓かれた孔はわずかに腰を前後させるだけでも、ペニスとの間に摩擦を生んで陸に心地よさをもらたした。ちっくちっと濡れた音が小さくそこから漏れ、痛みが鈍った。
「……ッハァ、……ッ、…ッァ……ッ」
 勃起したペニスの先を震わせて、陸の腰の動きは大胆になった。
 男が熱い息を吐いた。
「そろそろ…上下に擦ってみな」
 男に言われるままに陸は内腿に力を入れて、腰を上下させた。太い亀頭が中で動く、快感だった。
「……ッハァ、…ッァ、…ッァ」
 陸は男の肩に掴まり、無心に腰を上下に揺すった。動く度に男の迫り出したカリが中で陸の柔らかい粘膜を擦った。気持ちよかった。熱いペニスに摩擦される、その快感に陸は次第に夢中になって、腰の動きを止められなくなった。
 気持ちいい。
 肛門が充血する痛みと、体内から前立腺を擦り上げる悦び。
 ずっぬちゅっとはしたない音がカーテンで仕切られたベッドの中に篭もる。
 陸は悦くてたまらない場所に、上体を傾けて男のペニスを擦り付けた。腰を弾ませる度に陸の勃起したペニスが揺れ、先に滲んだ先走りが零れた。
「…ははッ、…エロイ顔してるぜ、陸」
「……ッン、…ッゥンッ、…ッン…ッ」
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 陸は男の声を無視して、尻孔に力を入れて中のペニスを締め付けた。男が息を飲んで両手で陸の腰を掴んだ。そのまま陸は激しく腰を揺さぶられた。悦かった。陸は上体を保っていられなくて、男の胸に縋りついた。下から突き上げられた。必死に声を飲んで、陸は片手を自分のペニスに伸ばしていた。もう羞恥やプライドはどこかに飛んでいた。ただイキたかった。全てを吐き出してしまいたかった。陸が指で触れた亀頭は先走りでぬるぬるに濡れていた。
「……っふ…ッ」
 きゅ、と陸が自分のペニスを握り、扱こうとしたそのときだった。
 ふいに二段ベッドの上が軋んだ。
 その音を聞いた瞬間、陸は硬直して息を止めた。片手は痛いぐらいに自分のペニスを握り締めていた。男は構わず陸の腰を揺すろうとしたが、陸は必死に内腿を締めて、上体を男の胸に押し付けて動きを止めようした。
 すぐ上で布団が動く気配がした。続けてさらにベッドが軋み、二段ベッドの梯子を軽い体が伝い下りるのがカーテンの揺れと音で分かった。
 愛海が起きたのだ。
「……ぃちゃ…ん」
 寝ぼけた妹の声がカーテン越しにすぐ間近に聞こえて、陸は心臓が止まりそうなショックに息を飲んだ。
「おにぃ…ちゃ…ん」
 呼ばれても陸は返事ができなかった。心臓は早鐘を打ち、恐怖で一気に血の気が引いた。
「……トイレ。…おにぃちゃ、…愛海トイレ行きたいよ…」
 もじもじ、とパジャマの膝を擦り合わせる衣擦れの音がした。
 妹はたまに、夜中に便所に起きることがあった。夜中は怖いのか、いつも陸を起こして便所まで付いて行かせた。今夜もそれなのだ。今まではいつも陸はすぐに起きて、妹に従って便所まで行ってあげていた。そして一人を怖がる妹をドアの外で声をかけながら待っていた。
 でも、今夜はそれはできない。
 むしろ、今妹にカーテンを開けられてしまったらと、陸は恐ろしくて息さえ満足に吸えなかった。
 脅えている陸の間近で、男の笑う気配がした。
「……ッぅ…」
 今まで動きを止めていた男に突然腰を前後に揺らされて、陸は必死に声を飲んで唇を噛んだ。くちゅ、と濡れた尻孔から小さな音が響いた。
「…にぃちゃ…ぁ」
 妹が兄を呼ぶ声は寝ぼけたままだった。
 陸は泣きたい恐怖に脅えて、無意識に男のペニスを尻孔で締めていた。陸の中で、男のペニスがはっきりと太さを増した。そして陸は、脅えながら自分のペニスを握り締める、その片手が溢れ落ちる先走りでぐっしょり濡れるのを自覚した。手の中の棒は硬いままだった。
「…おにぃちゃぁん」
 甘えた声で兄を呼び、愛海は我慢できずにベッドから離れて歩き出したようだった。軽い足音が暗い室内に響いた。
 陸は自分の性器を握り締めて、息を潜め続けた。
 妹の軽い足音が時々壁や家具に止まり、便所まで続いてドアを開け、中に入る気配が伝わってきた。
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 そして便所のドアが閉まる音が聞こえたところで、ようやく陸は息を吐き出し、深く吸い込んだ。手の中のペニスははちきれそうに張り詰め、猛っていた。漏れ伝う先走りで幹も手もぬるぬるに濡れていた。
「……ッァ…ッ!」
 ふいに男が陸の両脇を掴み、斜めに布団の上へと引き倒して陸の上に伸し掛かってきた。奥深くに挿入されたままのペニスに違う角度から抉られて、陸はその刺激と背中の痛みに呻いた。
 男は陸の膝裏を持ち上げ、胸に押し付けるように重みをかけて顔を寄せてきた。
「…喘げ。思いっきり、啼いてみせろ」
「……ッぅ…ッン…ッ」
 陸の尻を犯す男のペニスは限界まで太く硬く張り詰め、いっぱいに陸の肛門を押し拓いていた。
 陸も男も興奮しきっていた。
 ぐちゅ、とはしたない音を立てて男はペニスの根元を回し、陸は両手で男の肩を掴んでしがみついた。引き抜かれて一気に奥まで貫かれた。太い亀頭に入り口から奥まで押し拓かれる、その圧倒的な存在感に陸は浮いた足先までも震わせて悦がった。
「…ッァ…ッン…ッ、…ッァンッ、…ッァ…ア…ッ」
 初めて何も考えることなく陸は喉を開いて声を上げた。ベッドが激しく軋んだ。男のストロークは容赦なかった。陸の赤い肉がめくれ上がる勢いで亀頭の半ばまで抜き、先走りで濡れたそれを一気に突き入れた。激しく擦られた陸の肛門には赤く血が滲み、充血して腫れ、男のペニスを貪欲に包み込んだ。痛みと熱と快感にぼうっとなりながら、陸は理性もなく必死に尻を締めて悦がった。
 愛海が便所から帰ってくるまでに。
 陸の頭の片隅にあるのはそれだけだった。
「…っぁ…ん…ッンン…ッ、…ッァ…ッア…ッ」
 もうこれ以上は大きくならないと思った男の亀頭が陸の中でぐっと膨らんだ。陸のペニスもまた、小振りながら血管が浮き立つほど張り詰め、先からだらしなく先走りを零し、震えた。
「…ッァッァ、…ッァ、…ッァ…」
 喉を仰け反らせて切羽詰った声を上げながら、陸は意識の遠くで水音を聞いた。愛海が便所で流す音だった。
 苦しいぐらいに足を胸に押し付けられ、神経を剥き出しにされた尻を貫かれて、陸はイッた。ペニスの先から精を放ちながら、内腿から足先まで引き攣って中が痙攣して悦ぶのが陸にも分かった。男のペニスを尻がきゅぅっと締め付ける、その強い締め付けの中で、男が太いままのペニスを一気に引き抜いた。悲鳴を上げたくなるような喪失感の中で陸はただ尻を痙攣させて精液を放っていた。
「…ッハァ…ッァ…ッァ」
 そして陸の顔や胸に熱い白濁が降ってきた。
 陸はつい先程まで自分の尻に入っていた男のペニスが、目の前で弾みながら白濁を吐くのを潤んだ瞳で見つめた。白濁が瞼にもかかって陸の視界が白く濁った。
「…いいツラだ、陸」
 少し荒い呼吸で男が囁き、残滓の残るペニスの先を陸の頬に押し付けた。ぬるっと滑らせ、陸の唇へと押し当てて男は続けた。
「おまえが、中に出すなっつったんだったな?」
 ピチャ、と小さく音を響かせて陸は押し付けられた男のペニスの先を舐めた。
 陸が男のペニスをしゃぶっている間に、妹は戻ってきて梯子を上り、二階でまた眠ったようだった。


 愛らしい頬をぷぅっと膨らませて、愛海は拗ねていた。
「おにいちゃん、起きてくれないんだもん」
 陸は妹を連れ、近所の商店街にあるスーパーに買い物に来ていた。一緒に菓子売り場に向かいながら、陸は拗ねた妹の声を聴いていた。無意識に片手の指が何度も唇を擦り、陸は気づいて手を下ろして妹を見た。妹の頬は膨らんだままだった。
6
「愛海、」
「愛海一人でトイレに行ったんだよ。とっても怖かったんだから」
「…ごめんな、愛海。疲れてて、ぐっすり眠ってたんだ」
「いつもは起きてくれるのに」
 拗ねた妹の視線から陸は目を逸らした。
 あれから何度も口を漱いでうがいをし、歯を磨いたのに、ふとした拍子に陸は男の味を口の中に感じた。雄臭い匂いを思い出した。散々貫かれて摩擦された肛門は半日経った今も充血して腫れたままで、足を踏み出す度に陸に苦痛と、そして行為の熱を思い出させた。時々じわっと何かが滲む感触がした。きっと今日も下着が血で汚れているだろうと思って、陸は唇を噛んだ。学校が休みでよかった。また陸の指が無意識にその唇を擦っていた。
「……おにいちゃん?」
 不審そうな妹の声に陸ははっとして愛海を見やり、その唇に笑みを浮かべた。
「だから、こうして買い物に来てるだろ? 好きなお菓子買ってやるから」
「うんっじゃあねっじゃあ愛海これーっ」
 妹が陳列棚から取ったのは、おまけにオモチャの指輪やらネックレスやらが付いているキャンディーの箱だった。陸は呆れた。
「食うとこないんじゃないか?」
「いいの!」
 愛海は着飾った女の子の絵が描かれたお菓子の箱を、ぎゅーっと胸に抱きこんだ。
 陸は妹の姿に笑うと、棚に手を伸ばしてチョコレートのかかったパイの箱を取った。それを愛海の箱の上に載せ、陸はGジャンのポケットから財布を出した。
「愛海、払っておいで。お釣りもらうの忘れんなよ」
 陸は愛海の片手に千円札を渡した。
 愛海はさっきまで拗ねていたのが嘘のように笑って、胸にお菓子の箱を抱き締めてレジに駆け出した。
 陸はその妹の後をゆっくりと歩き、レジの台を通り抜けて出口のそばに寄った。愛海は列に並んでいる。しばらくかかりそうで、陸はガラスの自動ドアからぼんやりと店の外を眺めた。スーパーの向かいはパチンコ店だった。その派手な出入り口から、あの男が出てくるのが見えたのは偶然だった。
 ぼんやりと見ていた瞳を陸は徐々に細めた。不快だった。なぜ、愛海との買い物の最中にまであの男の顔を見なければならないのか。
 そう思いながらも陸の視線は男を追っていた。
 男は陸には全く気づかず、パチンコ屋を出て商店街を右に歩きだした。
 陸は自動ドアを開け、外に出て男の後を追いかけていた。
 男は陸にまったく気づかず、ブルゾンのポケットから煙草とライターを出し、一本に火を点けて吸った。白い煙が後ろを追う陸にまで流れてきて、陸は顔をしかめた。
 どこに行くんだろう。
 昼時を少し過ぎたぐらいの時間だった。
 商店街の終わりに差し掛かって、男は短くなった煙草を捨てた。一度だけ踏んだ煙草にはわずかに火種が残っていて、陸は不快な気持ちで男が通り過ぎた後の煙草を二、三度踏んだ。背を屈めて拾い、周囲に灰皿を探した。都合のいい灰皿はなかった。
 俺は何をしているんだろう。
 煙草を片手に持ったまま、陸は惨めな思いで男の背を眺めた。
 商店街の出口は車道に面していた。渡った先に、そういえば男の行きつけのラーメン屋があった。
 男は道路際に立って車が途切れるのを待っているようだった。
 同級生と比べても小柄な陸と違い、大きな背中だった。
 父親を知らない陸にとってそれは憧れだった。広い背中、大きな手、包み込む腕。この男が母を大切にしてくれるなら。仕事をして、陸たち家族を守ってくれるなら。
 あんなことを俺にしないなら。
 それを望む母のためにいずれは父とも呼び、慕ってもよかった。
7
 でもできない。
 陸はまだ熱の残る煙草を手の平にぎゅっと握り締めた。熱いという感覚はなかった。ただ憎しみだけが募った。
 俺を組み敷いて、脅して、言うことを聞かせる男。あんないやらしい行為の中に快感があると無理矢理教え込んだ男に、ただ憎しみだけが膨れあがった。
 知りたくなかった。
 ずっと知りたくなかったのに。
 視界の端に車道を走る大型トラックが近づくのが映り、陸はとっさに男の背に迫っていた。男は油断しきっていた。今、思い切りこの男の背中を押してしまえば。憎しみでいっぱいの力でこの男を突き飛ばしてしまえば。
 陸はすべてがよくなる気がして、握り締めていた両手を開いた。潰れた煙草が下に転がった。呼吸さえ止めて、陸は車との距離を測り男にぶつかっていった。
「──おにいちゃん!!」
 妹さえ、呼びかけなければ。
 陸の手は寸前で男に触れなかった。
 振り返った先には、片手にスーパーの袋を提げた妹が切羽詰まった顔で陸を見ていた。その小さな肩が震えて見えて、陸はふいに胸が切なくなった。
「愛海……」
「陸じゃねえか」
 突然背後にいた陸に、振り返った男が不審気な声を上げた。陸は答えずに背を屈め、下に落とした煙草を再び拾った。
「…歩き煙草とポイ捨て、罰金だから」
 ぼそぼそと言って、陸は男の胸元に煙草の吸殻を押し付けた。当然のように男はその手を払って、ふんと鼻を鳴らした。
「ナマイキなこと言うんじゃねえ。昼間っから可愛がってやるか? …妹も一緒に」
 いやらしい笑みを浮かべる男に、陸は憎しみの篭もった目を向けた。男は背を曲げて陸に顔を近づけた。
「……夜を待ってろ」
 ニヤついて男は陸に囁き、丁度車が途切れた車道を渡っていった。
 陸は男から目を背けて、三度背を屈めて煙草を拾った。
「…おにいちゃん」
 近づいてきた妹に呼びかけられて、陸は顔を上げた。
「愛海、ちゃんとお釣りもらってきたか?」
「うん。おにいちゃん」
 心配そうな妹を招き寄せて、陸は腕を回して華奢な妹を抱き締めた。びくっと愛海が震えて、ただじっと兄に身を任せてきた。
「…愛海」
「おにいちゃん…いなくて愛海、びっくりしたよ。すっごい心配したよ」
「うん」
「もう愛海のそばからいなくなんないで」
 うん。
 陸は頷いて、ただ妹を抱き締めた。
 ごめんな、愛海、恐ろしいものを見せるとこだった。
 陸はやわらかい妹の髪に顔を埋め、その腕に力をこめた。小さな妹は胸が痛くなるほど幼くて、その体はとても温かかった。