21 無名さん
(昼食後に談話室で開始された自主的な勉強会は紆余曲折を経て当初予定していた刻限の訪れが過ぎた。想定していた以上に飲み込みの良かった相手の奮闘のお陰でペースが狂うどころか幾分進みも早く、凡その苦手項目の穴は埋めることが叶ったらしいことに些か驚きを禁じ得ずにいたのだが無論悪方向に捉えてのものではない。時計を見やれば示す針は16時半に差し掛かって間もなく。切り上げ時にも障りはないだろう、片付けを促した後は事前に申し合わせをした通りに着替えをする為各自室に戻り、1時間と少しの制限を掛けて再び談話室で待ち合わせることとなった。身支度を終えて着用した浴衣は濃紺地にかすれ十字を基調とした大小の入り子升柄が白、灰系統で散らされているもので浅葱色の桐生織帯を締めている。下駄は黒檀色、帯に掛けるタイプの信玄袋は無地の紺で片手には紬絣の扇子。男の身では着付けを考慮したとてせいぜい30分程で準備には事足り、暇を持て余すことになるのも致し方のない事。自販機室で購入した緑茶のペットボトルに口を付け室内の椅子に腰掛け待つことにして/↑)

(時折裾元がはためくそれは既に小走りの域を少々超えていよう。窓から差し込む淡い橙が談話室へつながる通路を刻々と染め出す最中、矢絣桜の桐下駄を鳴らしつつ数も疎らな通行人を三人四人と追い越し駆け抜ける浴衣姿の影が一つ。濃紅に柔らかな椿が点々と白抜きされた生地は白と空色で組まれたクラシカルな格子柄の帯を角出し結びで合わせたもの。左サイドで緩く編み込んだ三つ編みの傍ら、耳に掛けた髪を留める梅の花、その麓では紅白の鞠が揺れていることも確認できるだろう。自室を飛び出した際確認した時刻は恐らく17時半を既に回ろうとしていただろうか、先刻の勉強会を意気揚々と終えられたのも一重に指南役の賜物であるわけだが何分調子に乗りやすい性格は解散前ーー決して遅刻するべからず!などと威丈高な念押しを残した手前現在は冷や汗を禁じえぬまま一目散に走るばかり。待ち合わせ場所を目前に控え、小振りの竹籠から取り出した手鏡を翳しては最終チェックもそこそこに騒々しく扉を開くこととなろう。籠にさしていた京団扇はその際勢いあまってか手元を離れ室内にて宙を舞うが、今は目もくれぬまま級友を見とめるなり諸々のリアクションは一先ず置いて。焦りを浮かべながら開口一番釈明を/↑)ーーご、ごめんなさい帯が…帯がめっちゃ手こずってん…!いま何時?!間に合う…?!