48 無名さん
(人間とは稚拙ながらも経験を糧に成長していく生き物であるらしい。閉ざした覚えのない瞼がそれでも確かに戸を立てているのは目の前が夜闇とはまた違う黒に染まっている事からも窺えよう、それでも敢えてその戸を開かぬのは、履いた覚えのない外靴ごし、足裏へ伝わる硬い床の感触であったり、或いはこれまた着込んだ覚えのないアウターの裾を攫っていく風の匂いであったり。視野を広げるまでもなくそれ以外の四感が、また今宵も理不尽なゲームの盤上へ引き上げられたことを嫌と言うほど自覚させるからである。寧ろ逆にぎゅうと閉じる瞼、目頭から鼻梁の頭にかけて寄せられる皺の深さが機嫌の悪さと比例しているようだ、が過ごす毎日の暦は過ぎずとも確かにストックした糧が、その先へと思考を進ませる。音を立てたら奴に気付かれる、まずは目立たず忍んで…そうして時間にして約五秒の後、漸く支配下に取り戻した視界に映る景色を認めた瞬間に、念入りになぞらえた注意事項すらも無に帰す間の抜けた声を上げてしまったのは、それが経験則の外にある状況だったからに他ならず)…はぁあ?……いや、あれマジだったのかよ。てっきり明日が来ねえ俺らに向けた皮肉かよ、攻め方変えてきやがってとか思ってたのに…えぇー…(なるほど、今宵駒が配置されたのは学生寮であるらしい。寮の玄関口、目の前に立ちはだかるガラスに映る、見覚えのありすぎるキャメルのロングコートを羽織り、その上で顔の下半分を深紅のスヌードに埋めた男…見間違いようも無いほど見慣れたつまりは自分自身に、なあ?と同意を求めてはみたものの。冗談だろうと取り合わなかった“救済案”が誠であったのだと、黒いパンツのポケットから取り出した端末が寒々しい色で突き付ける事実は変わらない。一先ずは、いつもより宵も浅いというのにそれでもなお冷たく利き手を切り付ける外気を嫌って寮の中へと逃げ込む方が先決か。長く伸びる廊下の入口で、壁際にもたれかかり改めて、初見では横目に流し見てしまったページを追うため俯けていた顔は、それからすぐに鼻歌を耳に止め持ち上げられた。この期に及んでまだ、すわ赤い少女の登場かと変に力の入った肩の筋肉は、現れた級友の姿にほっと解ける。端末を持った手を軽く持ち上げて、一先ずはタイムリーな挨拶でも交わそうか/↑)いやいや、いつもとテイスト違うとはいえそんな陽気な…まぁあんな恐ろしいガキでもまだまだ女の子ってことですかね。おっす新子、メリクリー。