61 多いか?
全く……お前は自覚が足りねぇんだよ。(俺のものだという――胸中でのみ付け足した言葉は、なぜか音にならなった。突き出した人差し指は案の定幼なじみの身体をすり抜けてしまい、行き場のない苛立ちを溜め息という形で身体の外へ吐き出す。半泣きで謝ってくる声に幾分気分は上昇するが、触れることが叶わなかった指先をじっと見詰めながら無意識のうちに表情を曇らせ。もし、もう二度と幼なじみに触れることが出来なかったら?途端に他人の吐いた呼気が混じる空気が汚らわしいものに思え、呼吸が苦しくなった。人差し指を残りの四指と一緒に握り込み、頭を抱えていた幼なじみに気付かれぬうちに表情を繕うと目を射す夕陽に双眸を細めて。その間、何かぐるぐると考え込んでいるようだった彼を黙したまま観察していたが、灰色に透けていても分かるくらい顔色を悪くした幼なじみに思わず顔を顰め。どうやら今度は彼の心配性モードが発動したようで、とりあえずは己の感情が正しく伝わるように忙しなく視線や手を動かしている幼なじみを真っ直ぐ見上げる。幼なじみの姿が他人には見えていない理由は分からないが、自分が見える理由は分かる。何を当たり前のことを言っているのだと呆れ混じりに首を傾け、至ってシンプルな回答をいつも通り少しだけ無愛想な声音で紡ぎ)「俺」だからに決まってるだろ。俺以外、誰が昴を見付けるってんだ。(心配性の幼なじみははっきりと言葉にしないと納得しないことは長年の付き合いから把握しており、体調に異常が無いこと――そして、彼が心配しているような事態ではないことを自分の言葉で説明する。まだ肉体が見付かっていないうちから決め付けるのは、ナンセンスだ。もしかしたら、生きているかもしれない。もしかしたら、死んでいるかもしれない。確かめようもないことにこれ以上憶測を巡らせても不毛である。大切なのは、幼なじみが肉体を抜け出してここに居るという事実。複数の可能性が考えられること伝え、先程彼がしたことをなぞるように灰色の輪郭に右手を添えようと試みて。実体がなくたって、彼はここに居る。まだ諦めるのは早いし、諦めるつもりは毛頭ない。幼なじみを引き寄せることは出来ないから、代わりに自分が近付く。澄んだ瞳に自分の顔が映るくらいの至近距離、言い聞かせるように紡ぐ言葉は相変わらず偉そうだが自信に満ち溢れていて)……問題ない、いつも通りだ。いいか、昴。お前がこうして幽霊としてここに存在しているってのは事実だが、まだ死んだと決まった訳じゃねぇ。幽体離脱しただけっていう可能性もある。だから、落ち着け。勝手に諦めるな。