70 無名さん
(下校の時刻を迎え帰路に着く生徒の一群から逸れ、交通機関であるバスを乗り継ぎ街の郊外へと佇む施設まで向かい。基盤となるアイボリーが杢調に配色された厚い生地のフルジップパーカーを唯一の防寒具として羽織り、重厚感を匂わせる曙のような洗朱で漆塗りされた鳥居の下を一揖する素振りさえ窺わせずとも正中のみ避けるべく脇へ沿い、規定された制服であるスラックスの裾から覗く靴先を向けながら潜り抜けた途端、暮れ六つの釣瓶落としにより黄昏の残照へと染まりつつあるからか一層荘厳たる雰囲気を醸し出す境内まで至るとともに敷き詰められた鋪石を踏み締める傍ら、場打てした様子すらなく漫然と立ち尽くすがまま景観を堪能するため隅々に及ぶほど目を澄ましゆき/↑)――……おー…、流石。

……、っ…(矢庭に疑問符を添えた柔らかな声韻が鼓膜まで介するなり景色の全体像を網膜へと焼き付けることばかりに意識を注いでいた為か、変化の乏しい表情にこそ反映されないものの不意を突かれた動揺によって思考を始めとする一切の挙動すら静止させてしまい。やがて一拍の間を置いた後に、唇の粘膜を摩擦させる程度ながら小さく吐息を漏らした端より肩越しに一度は対象の存在を眼界まで捉えるものの、曰く、彼は誰時と古くより由来されるだけあって沈みゆく夕焼けを背景にする彼女自身の顔立ちまで視認するなど適うこともなく。素性を判断できない状況下では埒が明かず、凝然として焦点を定めたまま踵すら翻しつつ勢いの余り広めた歩幅で、一歩、二歩と徐々に距離を詰めていくにつれて漸く正体を理解するとともに、偶然がもたらした驚きからとはいえ不躾極まりない仕草を以てして利き手の人差し指のみ相手へと向ける傍ら、思わず矢継ぎ早とばかり口を開き)……あ、伊波和紗さん、だ。すごい、びっくり。きみも寮を利用してなかったっけ?大事な用事があるとか、帰り道なんかじゃなかったら遠かったでしょ、ここ。