74 無名さん
【花】 (青空に浮かぶ太陽が照りつける日差しのもと、木々の覆い茂った涼しげな森で一人慣れない人間の姿で駆け回っているのは、間違いなく昨日までは自由気儘に空を舞う鶯だった彼女であり。瀕死の状態だった鶯姿の彼女を何の躊躇いもなく救助し、両の翼に負った怪我が回復するまでの世話までしてくれた愛しい人間の少年のもとを離れ て、一週間ほどの月日が経過した頃だろうか。あれからというもの、毎日欠かさず神に祈りを 捧げた日々を不意に思い出す。

【雅】 (両の翼は温もりある彼と同じの手のひらと爪、加えて普段とは違い地から離れ浮かない体。 自身の身に起こった奇跡を確かめるように、己の頬に触れ指を 動かし足踏みを幾度も幾度も繰り返す。慣れない目線の高さや体の重さはぎこちないけれど、 それら全てが愛しい彼に会うためだと思えば自然と口元は綻 び、気持ちはどんどん浮き立つばかり。眩しい晴れやかな空を見上げながら脳裏に想うのは、 傷付いた自分を救い世話をし名前をくれた彼の少年の姿。

【ルリ】(陽が落ちて市民の憩いの場となっている公園にも薄闇が包む頃、小さな羽音と共に木の枝へと降り立つは一羽の鶯。其処から巣穴までの距離は人間の腕一本分の長さ。点々と薄く積もった雪の上に足跡を残しながら巣穴までの短い距離を辿っていたが、ふと誰かに呼ばれた気がして足を止めて頭上を見上げると 今宵は満月。その神秘的な雰囲気に誘われるように頭を凭れて何時ものように強く願いを込めると突如として頭に響く優しい女性の声。

【千代】 (満開の桜の下、神社へと続く 並木道を少しぎこちない様子で歩く少女が一人。己の庭同然に文字通り飛び回った場所であるが、花びらで出来たくすんだ桃色の絨毯を踏み締める度、足裏から伝わってくる柔らかな地面が沈んでいく慣れぬ感覚。釣られたように視線を少し下へ、そ して焦げ茶色の睫毛で縁どられた目を楽しげに細めて。もうすぐであの「恩人」と再会出来るーー逸る気持ちを抑えようと両手で頬をぺちんとはたくも怪しげな含み笑いと共に表情はだらしなく緩んで。


女の子も置いとくね