75 無名さん
(秋の夜長とはいうものの夕方の空はまだ明るく、暖かみあるのどかな景色に影が刺さるのは暫く先のことに思え。冷たい風は己の熱だけでなく首から下げた祖母手製の紺色の匂い袋から白檀の香りも浚っていく。当初寮から出てすぐにお役御免となるはずだったお守りのそれは運悪く耳にした村の怪談により必携品になっており、灰色のパーカーの上に出すことでより安心さを印象づけている。しかし村の入り口の建物から少し離れた開けた場所で一人立つ手持ちぶさたの己には匂い袋は怪談を想像させる物体にもなっており。嫌な考えを振り払おうと下を向いて唐突な服装チェックを始めよう。数日前から頭を捻らせていたコーディネイトは動きやすさを重視したラフなものに落ち着いており、下半身は黒のハーフパンツと同色のレギンス、白いスニーカー。ボディバッグは肩から下げている。取り立てて特徴もない平凡な組み合わせだが、少しの異彩は祖母からの贈り物の黒いハーフパンツ。右前に伊/藤/若/冲を思わせる精密な日本画の軍鶏の姿が勇ましい。この勇ましさを相手が己のやる気の表れと受け取ってくれれば嬉しいが、服装への言及がなくとももちろん問題はない。見たところ服装に折れ曲がりや汚れはないようだ。さて最終チェックも終わってしまった今、思考が怪談へと落ち込む前に待ち合わせ相手である元気印のクラスメイトの登場で気分を和ませたいところである/↑)