1 エレン・イェーガー

あの日の涙

ああもう、あれから何年が過ぎたんだろう。余りにも月日が経ち過ぎててよく分かんねえ。あの日の最悪で鮮烈な記憶ばかりが時折胸に込み上げてオレの脚をここから遠ざけてた。
ここを離れてからも何度も夢に見て、その度につらくて悔しくて自分が情けなくなって泣いた。吠えた。でももう悪夢を見るのは終わりにする。そのけじめのためにオレの中にある苛立ちや嘆き、悔恨や怨みがましい己を全部ここにぶつけてく。絶対にもうあの日を夢見たりしねぇように。自分を好きになれるオレになるように。

オレは貴方が好きだった。強い拘りや信念を持ち己を曲げることなく凛としていた貴方を尊敬し、過ごした月日は短かったけれど、恋人として本当に大切に思っていた。ずっと貴方の傍に在れたらと。
でも貴方が選んだのはオレじゃなかった。貴方が手を取り味方したのは貴方の友人で、その友人はオレを批判した。オレじゃない、自分こそが貴方に相応しい存在だ、自分の方が貴方を知り理解して貴方の幸せを引き出せる存在だとオレに告げた。それは決して糾弾するような強い口調ではなかったけれど、見下した嘲笑と共に告げられる非難にオレは打ちのめされた。何故知り合ったばかりの恋人の友人にそこまで突き放されなければならないのかと。本来は出会う予定もなかったその人に。
その時貴方が手を離したのはオレでしたね。
あの時貴方がほんの少しでもオレの方を向いてくれたなら、ほんの少しでも友人を咎める姿勢を見せてくれたなら、オレはその後何を言われても耐えて笑い飛ばす気でいました。たとえ誰にどれだけ非難されようとオレしか知らない貴方がいてくれる、最強の味方がいるから何も怖くねえ、負けて堪るかって。そう思いたかった。

あれから少しの間は踏ん張ろうとここにしばらく留まってました。でも貴方がその人や他の友人と楽しく笑って過ごす姿を偶然何度も見かけて、貴方でも御友人でもなく、自分の弱さに、自分自身に負けちまった。それでここを去りました。でもまたこうして来ちまうんだから、弱い所は何も変われてねぇんだろうな。情けねぇ。

あの日のリヴァイ兵長。貴方は今幸せですか?
御友人とはまだ親しくされてますか。
貴方が今幸せで在ればいいと思う。沢山の笑顔に包まれて、己を信じて歩んでくれていたらいいと願う。
オレは貴方を恨んだ事は一度もありません。秤にかけた時に迷う事なく糾弾され切り捨てられたオレは元々貴方の傍にいる資格を持ってなかったんだと思うから。オレが許せないのはあの日のオレ。そして、その日から今までの自分だ。あ、ちょっとだけ御友人にはイラッと来ましたけどね。でもそれもオレが不甲斐なかったからだと思ってます。

こんなオレでも、今は大事にしてくれる奴が出来ました。貴方の前では出せなかった自分もそいつの前ならバカみたいにあっさり出せちまうんです。心から大切にしたい奴なんです。
その出会いも貴方との日々があったから得られたもので、きっと貴方とのあの最悪の別れがなければオレは自分を曝け出せない弱いガキの儘で、そいつとも多分上手くやれなかった。
だからオレは今クソッタレな記憶だけをここに置いて行きます。
貴方とはもう二度と巡り会う事はないけれど、どうか息災で。恋人より優先したい大事な御友人も大事にして下さいね。あ、これは嫌味じゃないですよ。本当に縁って大事なものだと思うから。

これでオレの最低最悪の日常は終わり。泣いて目覚めんのも泣き言ももう終いだ。
ここからは前にある幸せだけを見つめて行かねぇとな。