1:ガブ

感謝。

僕も本当は、毎日シニタイくらいに辛いです。今33歳になりましたが、14歳の時に重い病を抱えてから、19年が経ちました。今も、重い薬を飲んでいます。生きるのにも疲れ果て、もう元気もわかず、どこかに飛び込みたいと思うこともあります。もうだめだと思ったとき、ここの掲示板に出逢いました。意外にも、自分と同じように苦しむ方、また、自分以上に苦しむ方たちがいらして、皆の存在が、僕の深い支えと励ましになりました。元気な成功者からよりも、僕は皆さんから、もっとずっと深い次元での支えと愛をいただきました。僕は、皆のおかげで今まで生かされてきたと思い、深く感謝しています。支えられ、助けられてきたのは、本当は、僕のほうだったのです。僕の苦しみもまた、誰かの支えになれば幸いに思います。また、何かの折には、僕も投稿をさせていただけたら幸いです。
(PC ID:yLY95R)
2018/7/28 0:06
25:ガブ
今日、21時から、ハケン占い師アタル、という番組を観たいと思っています。番組の予告では、これまで皆の相談に乗っていたアタルちゃんが、今度は皆に相談に乗ってもらう、という予告が放送されていました。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/3/7 19:19
26:優助
ガブさん
僕の方がお礼を言いたいです。辛い時、悲しい時、時にはシにたい時、救いの手を出してくれてありがとうございます。僕も今年で32歳になります。32年間生きてきた中で自分の感情を正直に伝えられたのはガブさんだけです。会った事もないけど僕の中ではガブさんは大切な親友と勝手に思ってます。今も厳しい状況下ですが何とか最善を尽くしたいと思ってます。またよろしくお願いします。
(iPhone8 iOS12.1.4/不明 ID:ICDMTk)
2019/3/13 21:30
27:ガブ
優助さんへ。

こんばんは。そんなふうに思っていただけてうれしいです。
優助さんは優しい方なので、苦労も多いかと思いますが、どうか生きていてほしいと願っています。そして、少しでも幸せでいてほしいです。優助さんの存在、お気持ちには、僕のほうが心が洗われる気持ちがします。
こちらのほうこそ、これからもよろしくお願いします。今日も少しでもゆっくりと休まれますように。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/3/14 22:34
28:優助
ガブさんへ

こちらこそこれからもよろしくお願いします。
(iPhone8 iOS12.1.4/不明 ID:0vrz2s)
2019/3/15 21:26
29:削除済
2019/4/9 21:39
 
30:ガブ
ガブです。

こんばんは。近況です。
僕のほう、最近、ユーキャンの通信講座で、調剤薬局事務の資格を取得することができました。続けて、医療事務の勉強もさせていただいています。

大学のほうは、現在86単位修得になり、放送大学の3年次になりました。今、認定心理士の取得を目指しています。

この世的なことはどうでもいいのですが、最近個人的に思うことは、人間にとって一番大切なことは、天国に行くことだと感じています。生まれ変わりに関してはシんでみないと分かりませんが、もし生まれ変わりがないとすれば、この世は一時、あの世は永遠です。

もし生まれ変わりがあるとしても、なるべく魂を大切に行きたいと僕は思います。

天国(極楽浄土)に行くのに、宗教は関係ないと個人的には思っています。僕も至らない者ですが、なるべく自身の良心の声を大切にしていけたらと思っています。

また、やむを得ず、それしか仕事がない、という場合で、何かとがめを感じることがある場合には、よほど他者を傷つけるものでない限り、そのことについては完全に赦されていると僕は思っています。

また、障がい年金、生活保護を受けることは、悪いことは何もありません。病や障がいなどで働けない場合、生活保護でもいいから生きていてほしい、そして少しでも幸せに生きていてほしいと僕は切に願っています。

誰もが明日は、事故や病で障がい者になるかも分かりません。明日は自分がそうなってもより安心できるような社会のシステムを作っていくことも大切です。人は、分かち合い、助け合いの心が大切だと僕は考えています。

次に続きます。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/10 2:20
31:ガブ
続きです。

また、人はシ後、お墓には眠りません。
個人的な推測で申し訳ありませんが、おそらく、人はシ後、天から光を伴ったお迎えが来ると僕は想像しています。親しい人が一緒にお迎えに来ることもあるかもしれません。そして、天に還って行くと僕個人的には想像しています。

僕も含め、人は、なくなられた後、もし天から安心を伴う光のお迎えが来たら、そちらのほうへ向かって正解なのかな、と今僕は考えています。人は、なくなられた後は、肉体がなくなります。けれども、肉体がなくなっても、魂や意識はおそらくあり続けると僕は今思っています。

僕も含めて、シ後は、もうあまりこの世にはこだわらずに、どうか天の光のほうへ還っていかれてほしいと僕は願っています。そして、今度は天できっと満たされることと思います。この世で報われなかった人ほど、天ではより高い位置に配属されていると今僕は思っています。この世での生を終えられた後は、今度は、どうか天から見守っていてほしいと願います。

会いたい人とは、また天で再会できるかもしれません。すべての魂が、天に還れることを願っています。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/10 2:23
32:優助
僕もこの現世で苦労したり悲しんだり傷ついた人は来世では幸せになると思います。傷ついた人ほど他人に優しくできると思います。そしてその想いは次にも続いて行くと思う。そうやって魂は永遠に続くと思います。
(iPhone8 iOS12.2/au ID:H2325G)
2019/4/16 11:59
33:ガブ
優助さんへ。

書きこみありがとうございます。
僕も、その人に起こったすべてのことは、その人の魂に記憶されていると思っています。
何か学べたこと、愛について、優しさについて学べたことは、きっと続いていくのかもしれませんね。そして、もし生まれ変わりがあるとすれば、何か学ぶ必要のあることがあれば、色々な立場や状況に生まれ変わって、その気持ちを学ぶ可能性もあるかもしれませんね。
たとえ障がいやマイノリティを持って生まれ変わるとしても、結局のところ、それも愛なのだ、天の愛の内にあることなのだ、そして、すべての人は生かされる必要があり、幸せになる権利があり、誰一人見捨ててはいけない、と学ぶのかもしれないと最近僕のほうふと思うことがあります。
僕は今回の人生では障がいを抱えた人生を経験させていただきましたが、当事者の方々の気持ちが、少しでも理解できることに繋がったことはよかったと感じています。傲慢な医師になるよりも、謙虚な当事者のほうが、まだ救いに近かったかもしれません。また、切り捨てていい人など一人もおらず、すべての人の幸せを願い、一番弱くされたところ、一番貧しくされたところへの応援の大切さ、持っているものは分かち合っていくことの大切さを僕は今世で深く学びました。酷い苦しみの中で、切羽詰まった人が、苦しくて色々な要望を出したくなったり、なるべく早く返事がないととても辛い気持ちになることがあったり、寂しいなかでどれほど誰かの支えを必要とされているか、差別や切り捨てされたらどんな気持ちになるか、なども僕は今世で少しでも学ばせていただいた気がします。
キリスト教では、神父さんが誕生するときなどに、よく、99%の神の恵みと皆の応援、それに、自分の努力は1%くらいなものだ、という挨拶を耳にすることがあります。
先日の東大の入学式の祝辞でもありましたが、結局のところ、今成功している人も、運がよかったのが99%くらいで、その人もいつ事故や病などで障がいを負って努力さえできない体調になったかもしれない、そして、これからもそうなる可能性を持っていることを考えると、人はつくづく、むやみな自己責任論は偶像であり成り立たない、それよりも、運よく持っている者は、明日はわが身の気持ちで、必要とされているところと分かち合い、皆が助け合っていくことの大切さを僕も思い知らされています。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/17 1:48
34:ガブ
続きです。

僕は個人的には、神様は、一人ひとりのなかにおられるのではないか、と思うことがあるのですが、その内なる最も深い神様(仏様、お天道様)の声に到達できたとき、人はきっと、すべての人の幸せを願うように造られているのではないかと最近感じることがあります。
自分だけが幸せでも、自分だけが救われていても、まだ世界に不幸や不足で苦しんでおられる人がいるのならば、僕は完全には安心、満足できない気持ちになることがあります。

自分だけの幸せや満足にとどまらず、少し世界に目を向けて、分かち合えるものに関しては、少しでも分かち合っていきたいと個人的には思っています。できれば、僕が受けた恵みと同じ恵みを、僕はすべての人に無条件であげたい気持ちになることがあります。現実にできることには限りがありますが…。
妬みを生む差異を生まず、僕は最後尾からでもいいので、向かうべき方向へと向かっていけたらいいなという気持ちになることがあります。色々と偉そうに書いてしまいましたが、僕はまだまだそのような気持ちに至らないときも多々あり、僕も道の途中、学びの途中です。長々と読んでくださってありがとうございます。優助さんの文章を拝見していると、僕は心が洗われる気持ちになります。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/17 2:09
35:ガブ
追伸です。

僕の中にも長所と短所があり、また、まだ学ぶ必要のあること、修得すべき課題があり、今もそれに取り組んでいるところです。できることは少ないですが、できるならば、最後まで少しでも魂を磨いてこの世を去りたいと思っています。病や障がいなどで苦しみが大きい方は、無理をなさらず、生きておられるだけでも充分、充分な頑張りです。今日は、この辺りで休みます。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/17 2:23
36:ガブ
最近、心理学を学ぶなかで、また、工藤信夫さんという方の最近の著書のなかで、繰り返し書かれていることがあります。

それは、えんじょ(手助け)することについて、えんじょは、それを受ける人との間に、力関係を生んでしまうことがあり、それが、相手の方を傷つけたり、圧迫することがあるというような内容のことです。

僕も、このことに関して、気をつけていきたいと思っています。

工藤さんの著書「真実の福音を求めて-信仰による人間疎外 その後」のなかで、ポール・トゥルニエの著書「暴力と人間」(ヨルダン社)の引用がされています。

「私が言いたいのは、人を助けたいという望みのことであるが、これは無私の極みと一見見えても、実はそれほど美しいものではない。苦しむ人を助けるということは、美しい役割を演ずることであり、力関係では優位に立つことになる。不幸な人の上に身をかがめるということは、支配する姿勢である。・・・・・・いろいろな人にいつも助言を与える立場の人たちをたくさん読者もご存知と思うが、ある種の優越感を感じていることは確かである」トゥルニエ「暴力と人間」230-231頁
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/28 4:42
37:ガブ
続きです。

「人は誰でも表面立った動機だけで行動することはない。いかに崇高な行為であろうとも、崇高な動機のほかに隠れた動機を持っており、はっきりとした動機のほかに、はっきりしない動機も隠し持っているものである。・・・・・・われわれは、皆、意識的には他人を助け、己を空しくし、学問的誠実を守るなど、純粋な理念を掲げるものだが、それと同時に、無意識的には、グッゲンビュール=クライクが、『香具師』という言葉で表現している逆の傾向をみな持っているのである。精神医がその理想にもえて、患者の治療に熱心に打ち込めば打ち込むほど、無意識の中では知らぬ間に逆の影の部分、すなわち『患者のためでなく、自分自身のために』働くかの『香具師』が増長するのである」 ポール・トゥルニエ「暴力と人間」234頁。工藤信夫「真実の福音を求めて-信仰による人間疎外 その後」77-78頁掲載より引用。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/28 4:55
38:ガブ
もう一つ、個人的に心に残った箇所を引用させていただきます。

藤木正三牧師の断想より、

"勝てないものを相手に

 何かしら醜さを感じる人がいます。教養がないわけではない、性格が悪いわけでもない、むしろ細やかな思いやり、洗練された言葉遣い、非の打ちようがないのに何か醜さを感じる人がいます。そういう人に共通しているのは、表面には出さないようにしていますが、勝利者の意識をもっていることです。この場合、勝つとは人に勝つこと、小さな勝利に酔っていることのその浅ましさが、醜さなのでしょう。美しく生きるためには、どうしても勝てないものを相手に生きねばなりません。信と美とが結びつく所以の一つはここにありましょう。”藤木正三「神の風景」ヨルダン社、239頁。

工藤信夫「真実の福音を求めて-信仰による人間疎外 その後」15頁に掲載より引用させていただきました。
(SHV42/so-net ID:ooJcen)
2019/4/28 5:06
▼お名前(必須)

▼コメント(必須)