高橋幹也
関口様
 暑中お見舞い申し上げます。昨日は富士登山競走でした。結果はまさか
の8合目関門オーバーでした。今年で連続33回目の出場でしたが、昨年は4
時間14分の圧倒的なワースト記録。今年はハーフや10キロの記録からから
すれば制限時間などは気にしなくても余裕かと思いきや、このありさまで
す。体重も49キロがベストですが今53キロですが、それにしても、こんな結
果とは残念です。今53歳ですが、かつてほど走っていません。平日は6キロ
から8キロの通勤ラン、まあ、帰りだけですが冬は出勤も走りますのて14キ
ロほど走ります。休日は11キロから22キロ。これだと10Kやハーフは走れて
も、長い距離を走っていないからフル以上になるとだめだという事でしょう。
馬返し過ぎたあたりから次々と見知ったランナーに抜かれて、ついには抜
かれるランナーすらいなくなるありさまでした。まあ、やっててやんなってし
まいました。30台の頃のような気力が無いんですよね。これはランニングだ
けではなく、生活全般がそうです。以前は夜10時までが練習時間だつたん
ですけどね。何事にもやる気が起きない毎日です。
 次は9月23日の千倉です、。
関口
超猛暑が続いています。
 35度超えが長らく続きました。
 こちらは40度超えも!
「ランニング中の老人が熱中症で」
と言うのがみっともないので、
しばらく走りませんでした。
本日は、久しぶりのランでした。
高橋さんは、いかがですか。
 先週は、小学生日曜学校の
サマースクールのお手伝いで、
名栗の山登り(800m)をしました。
とても暑かったです。
 昔は、青梅丘陵をトレイルラン
してましたが、再開と考えています。
高橋幹也
2017年8月27日 伊達モモの里マラソン5
ゴール後は表彰までかなりまたされた。参加賞でモモを2個もらっている。
ここは参加賞を3つの中から選べるんだな。そのほか遠来賞で4個、入賞で
7個もらった。あと抽選会でパソコンもらえそうだったが、これは知人の高田
氏がもらってしまった。ゴール後は表彰式まで屋台で買い物したりしたが、
後藤君と久美ちゃんには待たせて申し訳なかった。又、渡辺先生も来てく
れ、4人で写真を撮った。その後は先生の農園に行った。渡辺先生は高校
時代は「農業やりたくねーから教員になったんだ・・・」とか言っていたが。今
ではハウスでミニトマトの栽培などを手広くやっていた。あの当時と風貌も
ほとんど変わっていない。娘さんは早稲田出た後 神奈川で小学校の教師
していると言っていた。2時間程度滞在したが、帰る時間もあるので先生の
所は失礼して一路千葉へと向かった。途中で3人手遅い昼食をとった。ばー
こー麺を食べたが何年ぶりかな。福島から高速に乗り、いわき、常磐道、外
観を通り、千葉に向かった、いわきで職場の面々にお土産を買った。車中
での会話も楽しいことときだつた。帰路、清水さんのマンションに立ち寄った
後は、コーヒー店で会計をして別れた。楽しいひと時だった。帰宅後は、こ
れなかった瓜生君にもメールした。出来ればみんなで行きたかった。
 翌日出勤したがモモを持つていった。なんでも3日以内に食べないといけ
ないというので4個だけ残して職場にもっていった。泊りで大会でるのもめっ
きり減ったな。
高橋幹也
2017年8月27日 伊達モモの里マラソン4
 いよいよスタートだ。以前は最先頭に並んだが、最近は若手に遠慮して前
から5列目程度に並ぶ、それでもスタートすれば、真剣勝負なのは今も昔も
変わらない。市街地を抜け1キロほど走ると田園地帯だ。阿武隈急行の橋
を渡ろうとしたところで渡辺先生がカメラを持って立っていた。先生に走ると
ころを見てもらうのは1984年の千葉県民大会以来だ。どのように映ったの
か・・・・。コースは田園地帯を走るのだが90度の角度で曲がり角があり、多
少坂がある。遠く前方を見れるが、かつては先頭集団を走っていたが、今
は、そうでもない。先生には一番良い時代を見てほしかつたと思う。4.5キロ
ほど走ると左足に違和感が・・・、とまさかの肉離れ、これは痛い・・・。5キロ
地点の折り返しでは見知ったランナーがさっそうと走り抜けていく、後藤君も
力走している。同世代の千葉の高田氏は福岡を2時間37分で走った人だ同
年代だが今も健闘している。50代のトップは当然だが、全体でもなかなかの
位置。彼とは20代からの付き合いだな・・・。一方私の足の痛みは堪えられ
るレベルだが、思ったように加速できない。6`7`とジリジリ抜かれていく。
9キロ位になると痛みも麻痺してきて少し楽になる。そしてゴール。37分26秒
(ネットは22秒)、50代で5位入賞だった。目標の37分台はなんとかなり、先生
の前で入賞出来た。体面は保たれたかな。
高橋幹也
2017年8月27日 伊達モモの里マラソン3
 翌朝、後藤君と久美ちゃんと三人でホテル出てくるまで保原に向かった。
かつては「保原町」だつたが、今では伊達市に合併だ。福島からは阿武隈
急行電鉄が出ているが、かつては路面電車が福島から出ており、当時の車
両が静態保存されていた。旧町役場の駐車場に車を止めた我々は会場に
向かった。会場ではニッポンランナーズの人たちや、千葉のランナーにも何
人か会った。後藤君からは「エリアが広いね」などと言われた。さすがに
1981年からランナーしているから、そこかしこに知り合いがいる。会場の近く
に高校や寺院があり、雨天時にも雨宿りする場所は十分にある。運営が下
手な大会だと、雨天時にいる場所がに駆ったりするんだよな。受付では遠
来賞としてモモ2個を盛らつた。遠来賞は福島県に隣接していない県から来
た人たちに渡されるが、品物は3つの中から選べる、ただ申し込み時に申請
が必要だ。気温は千葉ほど暑くはないが、それでも冨里並にあるのかな。
会場には岡野君も来るはずだったが、どうも見つからない。そしていよいよ
10キロの部のスタート時刻がやってきた。