1 ジャン・キルシュタイン

前略 ベルトルト・フーバー様

 この手紙に君が気付くかどうか、気付いたところで読んでくれるかも分かりませんが。
 少し前に「甘いものが欲しい」と君が言っていたため、こうして人生初の恋文を書こうと思い立ちました。
 ……が、敬語なんて柄じゃねぇので、早速普段の言葉遣いに戻します。
 んで、甘くなるかどうかも分からねぇ。苦かったらこの手紙は燃やして捨てろ。


 さて、何を書きゃいいものか。
 そうだな。俺達が記念日と決めた日、から、まだ一カ月も経っていないことに驚いてる。それほどお前と過ごす日々は密度が高いってことなんだろうな。…まぁ、一週間に一回…下手したら三日に一回?くらいはすれ違ったり衝突したりしてた気がするし。
 でも俺、その度ごとにお前に惚れ直してるんだ。何かもう絶望的に俺達相性悪いんじゃね?って思うことすらあったけど、それでも一緒にいられるのは、お前のおかげなんだと思う。
 ぶつかる度に泣き喚くことしかしねぇ俺に対して、お前は『自分はこういう人間なんだ』って辛抱強く伝えてくれるよな。それと同時に、俺のことを知ろうとしてくれる。
 一度、俺が何もかもを放棄しかけた時も、俺が落としたそれらを掬って埃を落として、まるで碧玉みたいに磨き上げて手渡してくれたのはお前だ。あの時お前が引き留めてくれたから、俺は今こうしてお前の隣でぬくぬく過ごすことができてる。例えこの先何があろうと、お前の気持ちを信じて一緒に居続けようって、そう思える。
 ……と、ここまで書いて気付いた。お前、実は物凄くいい男なんじゃねーか。何つうの、器のでかさ?あ、体じゃなくて心の。…ああ、ずるいな、可愛いくせに格好いいだなんて。
 お前はこれを見たら、「僕は優しくないよ」っつうのと同じように、「僕の器は大きくないよ」って言うのかな。別にいいんだ、俺がこうだっつったらこうなんだから。俺だけが分かっていりゃいい。お前はいい男。可愛くて、愛しい。

 …ラブレターって、相手への気持ちのでかさを伝えるために書くんだよな。伝わるのか、こんなんで。全然甘くもねぇし、寧ろ呆れられるんじゃねぇのか、これ…。
 破っちまおうかと思ったけど、もういい。見苦しかろうが見難かろうが書いてやる。
 あの時、「この指とまれ」ってやってるお前を見つけることができて、その指を掴むことができて、良かった。俺を選んでくれてありがとう。
 最初に感じたお前の極彩色は今でも褪せずに、寧ろ前にも増してお前を彩ってるよ。会えねぇ時でも瞼の裏に思い描けるくらい。青が多めで、控えめにきらきらしてる。その極彩色の海に、俺は溺れて沈んでしまいたい。沈んだ底でお前専用の宝箱を用意して、お前を閉じ込める日を待つんだ。
 なぁ、ベル。ベルトルト。お前が好きだよ。毎日、どんなに言っても全然言い足りねぇんだ。そのうち聞き飽きたお前の耳が腐り落ちるんじゃねぇかって気すらするけど、きっと俺はそれでも言い続けるんだろうな。

 …俺の貧弱な語彙だと、もう『好き』しか出てこねぇ。つーか長ぇ、自分でも引くわ。ここらで終わりにする。
 これからも一緒にいような。731日も、その先も。えーと、草々。
2 ベルトルト・フーバー
親愛なる、君へ。

お手紙、拝見致しました。何枚にも綴られた、君の温かな心に触れて、ひとり頬が緩んでしまったのは仕方の無いことだと思います。その喜びから、君に指摘されるくらい言動がふわふわしていたのかと思うと、…思い返すのも恥ずかしいですが。それでもやっぱり、僕を想いながら、ひとり文机に向かってペンを走らせている君を思うと、…愛しいなぁと、笑みが溢れてしまうのです。

…と、堅苦しいのはここまでにして。
ねぇ、ジャン。僕が、どうしてわざわざ返事を書いているのか、分かる?約束した訳でもないのに、疲れていても、君は毎日顔を見せに来てくれる。気持ちを伝えたいだけなら、それこそいつでも機会はあるのに。
…なんて。きっと、思い至らないんだろうな。君が拗ねて機嫌を損ねないように、答えはきちんと書いておくよ。…どうしてか、君は…頭は良いけど、自分に向けられる好意に鋭くはないようだから。

…えーと、…僕はね、嬉しかったんだ。
こうして繋ぎ止めるまでは、一途な君を随分と傷付けた。何度か伝えたと思うけど、僕には良く分からなかったんだ。身体を求められる事の無い「好き」の意味が。…その、…正直に言うと、今でも良く分かっていないんだけど…それは、一先ず置いておいて。
だから、「面倒臭い」と言われた時も、哀しかったけど…今まで君を蔑ろにした報いだと思った。傷付いた顔なんて、図々しくするべきじゃないって。それなのに…僕の言葉を、きちんと覚えていてくれたんだね。「甘い物」、って。…本当にあの時欲しかったのは、「好かれている安心感」で、体温で、…涙を拭ってくれる指先だった。だけど、それがまさか、こんな綺麗な形になって贈られるとは思ってなかったよ。…と言うか、恋人から愛の込もった手紙を貰って、嬉しくない訳ないだろ。ありがとう、ジャン。

ペンを持ったは良いけど…こういうのって、何を書けば良いんだろう。…せっかくだから、君の好きな所を挙げていこうかな。それで、普段口にしないだけで、君がどれだけ僕に想われているか、思い知るといい。

一つ、真っ先に浮かぶのは、「可愛いところ」。…手を繋げばいい、って言ったのは僕だけど…それから一日経った今朝も、この炎天下の日差しの中、手を繋いで走ってくれるとは思わなかったよ。暑さに弱いくせに、律儀に迎えに来てくれたり、寝る時だって、ほとんど毎日隣に潜り込んでくれたり。…そういう真っ直ぐな所が、可愛いし、心配でもある。頼むから、身体は大事にしてくれ。それでも無理をするようなら、文字通りベッドに縛り付けるから、くれぐれも自愛するように。
それから、「真っ直ぐ向き合ってくれるところ」。例え君が悪くなくても、自分に非があると思えば謝ってくれたり、…要領を得ない僕の話を、辛抱強く待ってくれたり。行動が欲しいと言えば、前より触れてくれるようになったような、…そんな気がする。…上手く甘えられない僕を切り捨てずに、歩調を合わせて待っていてくれる君の優しさが、悲しいくらい嬉しいんだ。

…面と向かって言えない告白を、ここでしてもいいだろうか。
たった一人、君と居たいと想いは通じたけど…僕からきちんと告げたことは、多分無いような気がするから。

…えっと、…ジャン。僕は、君が安心して寄り掛かれる人間になりたい。君が、僕との未来だけを考えてくれるなら、前だけを見て歩く君が転ばないように、傍で手を差し伸べたい。…君が素敵な人だって事は、僕だけが分かっていればいい。だから、改めて。…僕のものになってほしい。全身にキスしたいくらい、君の事が好きなんだ。…ああでも、お嫁さんは嫌なんだっけ。甲斐甲斐しい所なんか、ぴったりだと思うんだけどな。

…やっぱり、上手く纏まらなかった。言葉が不自由なのは、どうやら変わらないみたいだ。ジャンがくれたような、綺麗な手紙じゃなくて、…ごめん。

明日も明後日も、君の一番近くに居られます様に。