1 ミケ・ザカリアス

忠犬の毛布

送ることが憚れるから、こちらに。
何やら王都周辺では来週から春めいた陽射しとなるようだな。毛布を片付けてしまう日も近付いている。だが、例え太陽がギラギラと熱線を送り込む季節でも、俺はお前の寝台を暖めて待とう。暑いと言われようが離れろと言われようが、だ。

今日はもう任務に就いているだろうか。
まだ夜は冷え込む。毛布一枚求めるぐらいなら一言俺を呼んでくれ、頼むぞ。
2 ミケ・ザカリアス
王都へ出立したお前が戻るのは今夜か、それとも明日の朝か。待ち遠しくてたまらない反面、抑えてきた何かが会った拍子に溢れそうだ。
もしお前に逆らうような事を俺がしたとして、お前はどんな顔を見せるだろう。お前の不快に触れてしまうかもしれない。だが今回ぐらい見逃して欲しいと願う自分も居るのは確かだ。我ながらお前に対する我儘ばかりで呆れるな……。

恋しいお前へ。
帰ってきたら一杯の酒と暖かなベッドでもてなすつもりでいる。くれぐれも飲み過ぎには注意を……お前が飼っている犬は狼かもしれないぞ。
3 エルヴィン・スミス
理不尽な任を命じられたとき真っ先に嘆いたのは、お前との逢瀬が削られることに対してだ。
だが、王都から帰還してみれば、結果は普段とさして変わらない…昼食の時間に会えなかったくらいだ。
こんな事ならばお前に告げずに居た方が、無駄に寂しさを煽ることもなかったと、少し後悔している。

だが、人間とは現金なもので…告げたことで忠犬の可愛らしい置き手紙を読むことができた事をとても嬉しく思ってしまう私は、やはり意地悪な飼い主だろうか。

意地悪ばかりしてしまう私はいつか噛みつかれてしまうかもしれないな。
だがそれも構わない、噛み付かれても、食いちぎられようとも。

それほど愛しく想っているよ。


狼の皮を被っているらしい忠犬へ。
毛布が無いと眠れない主より。
4 ミケ・ザカリアス
新たに書き置きを残すよりもここに繋げた方がいいと勝手に考えた。とても分かりやすく、俺からお前へ想いを伝える一つの手段だ。当然、お前は見つけてくれるだろう。

二ヶ月目を迎えたな、エルヴィン。
最近はあまり多い回数をやり取り出来ていないが、お前から注がれる愛情はたくさん感じている。こうして毎日欠かさず言葉を交わしているうちは自信を持ってお前に愛されていると考えよう。俺も同じく、いや、それ以上に想っていることを忘れるなよ。

お前に伝えたいことは多数あるが、上手く言葉とならない。体温の交わりを通して伝われば幸いだが……もし不安になったのなら聞いてくれ。拙くてもきちんと伝えたい。

恐らくはお前がこういった場でも聞きたいのであろう言葉、五文字の言葉は、直接言うつもりだ。
これに気付いたのなら鼻先にキスをしてくれないか、エルヴィン。
5 エルヴィン・スミス
記念日を待てずに毎日此処へ足を運んでいる…と言ったら私の忠犬はどんな顔をするのだろうね。
だから直ぐに気付いて、その後はひとしきり頬を緩めながらの執務だった。

二ヶ月間、欠かすことなく言葉を交わし合う中で時折、私と君は互いに互いの思いの強さを競い合うようなくだりがあるだろう。そう、今のように。
きっと…どちらの愛情も同じだけ強く同じだけ暖かいのだろうと、そう思っている。だからこうして今日を迎えることができたのだと。

口下手な君が、鼻先のキスを合図に私の望む五文字を紡いでくれた。
言葉そのものより、そんな君の想いがとても嬉しかったよ。
明日贈られるのだろう蜂蜜も、それを選んでくれた忠犬の想いだけで堪らない心地だ。

…二ヶ月前のこの日から、暖かな日々をありがとう。

愛しいミケへ。
6 エルヴィン・スミス
毛布の居ない夜はすることも無いので、少し置き手紙でも残していこうか。
此処ならば君はきっと気づいてくれるだろうから。

底冷えのする肌寒い季節に毛布を担う忠犬に出会い、早いものでもう直ぐ3ヶ月。
季節が過ぎると日増しに暖かくなり、いよいよ毛布が不要な時期……だが以前も述べたように、どんな季節になろうとも手放せないほどその温もりに溺れてしまった。

いつも私の任務が長引くばかりに待たせてしまい、そんな中私の毛布は文句一つ言わず健気に寝台を暖めて待っていてくれる。
だのに私ときたら…君が同郷の友人と久方ぶりに会うという今日たった一晩がとても肌寒い心地だ。
それ程、君は私を溺れさせたのだ。

先日、私の我が儘で悩ませた挙げ句…明かしてくれた日誌の存在。
私がどれ程嬉しかったか、君に伝わるだろうか。
来月の記念日に贈ってくれる筈だったと知り、それまでは見るまいと心に誓ったが…一体何が書かれているのだろうかと、今からその決意が揺らいでいる。

来月の記念日には、君のくれる愛情に足るものを私もきっと贈ろう。
あまり期待はせず待っていてほしい。

…そろそろ置き手紙も終わりに近づいてしまった。が、君が帰るまでどう過ごそうか…とても悩ましいところだ。

だから、早く明日になればいい。


愛しいミケに会える明日に。