1 リヴァイ

可愛い部下にラブレターを残す

これは持論だが、何故か人間という生き物は、初めて対面した瞬間から他人を値踏みするよう出来ている。それは人間の本質だ。例え誰が拒んだところで、この仕組みが変わる事は未来永劫ねえだろう。

お前を組み敷いた。机の上で、お前の色香に酔い痴れた。求め合う快感だとか、交え合う唇の感触だとか。初めて共有した瞬間俺はお前を値踏みし、脅迫した。例えば暴力、例えば暴言。利口なお前は直様俺に従ったな。お前の生意気な眼差しを組み敷く都度に、酷く高揚していたことを知っているか。

たった一夜の情事を、思い出す。俺の接吻を好いていると言ったな───エレンの馴染み。そう、俺が呼んでいた。お前に、いつしか名前で呼ぶようにと強請られた。口付けが発端だ。肉体を交えるなんざ二の次だ。唇を重ね、舌を捻じ込んだ。たったそれだけだ。その瞬間に、お前という女も俺を値踏みした。そうだろう、なあ。これを俺の自惚れっつうなら反論してみろ。俺に噛み付くお前を見るのは、嫌いじゃない。

こんな性格だ。捻くれていると何度お前に言わせちまった。嫌だと口にされると、したくなる。嬉しいと歓ばれても、したくなる。それでも、お前は俺という男に根気強く構ってくるな。あまつさえ俺の冗句さえ肯定しはじめる始末だ。嗚呼、これがつんでれっつう生き物か。ミカサ───お前と出逢って四ヶ月。紡いだものは汚ねえ大人の欲求ばかりだ。他愛ない日常なんてものを紡いだ記憶は、殆どない。欠伸も、瞬きも、知らなかった。これも偶然の産物だ。俺の性格と、お前の環境が齎した日常だ。俺も今は、少しばかりお前を近くに感じられる。俺を起こしにくる姿も、俺の身体に寄り添う姿も。総てガキらしくて、愛おしい。

唇だけじゃ飽き足らねえテメエは、遂に恋文まで綴れと言い出した。だが我儘、何でも一つ聞くと伝えた俺だ。どうやってお前を喜ばせるか、そればかり今は考えている。
ミカサ。窒息するほど粘ついた感情をお前に捧げ、殺してやろうか。唇介して、俺の呼吸だけ頼りに生かそうか。お前は強い、誰より何より強い女だ。いつからか俺もお前に焦がれていた、と言ったらお前はどうする。これが俺の全身全霊の口説き文句だ。お前が望む甘い言葉とやらか知らんが、今はこれが精一杯だ。文句言いてえなら好きにしろ。今夜はお前の不平不満、甘んじて総て受け入れてやる。
2 ミカサ・アッカーマン
律儀に我儘を聞いてくれた上官に宛て、恋文の返事を綴ります。

あなたがなぜあの日、たいして接点もない私を処理の相手に選んだのかは分かりませんが…本気の抵抗を見せた私の頭を机に叩きつけた挙げ句手首を縛り上げた粗暴さを見る限り、一般的にその行為に結び付くような特別な感情はなかったように感じます。

ただ単純に体の相性がいいと思った。
酷く扱うくせに、最中気紛れに優しく触れてくる無骨な手や口付けの感覚が忘れられず…二度目は自分からキスを強請りに行きました。それを値踏みと言われれば否定はしない。確かに私はあなたを値踏みし、欲を満たしてくれる相手として認識しました。
そのせいか体や唇を重ねること以外にあなたと接する術を知らなかった私にとって、最近の毎日は新しい発見に溢れています。寄り添って眠る温もり、ただ触れるだけの口付けの恥ずかしさ、手を絡めた時の高揚感、それから…あなたの独占欲が意外に強いこと。

リヴァイ兵士長。
体につけた噛み痕が消えても、私以外を抱かないでほしいと言ったら笑いますか?
肌寒い季節が終わってもあなたの隣で眠りたいと言ったら…
…いや、止そう。それを告げた時のあなたの表情や反応は、いつか直接目の前で確かめます。


あなたの呼吸だけを頼りに生き、いつかあなたが私に飽きた時には躊躇なく唇を離し殺してくれると言うのなら、それも悪くないかもしれない。

…焦がれています。
本心を冗句と誤魔化す、臆病なあなたに。

深層は読み取れましたか?
3 リヴァイ
期待させて裏切った。お前が零したものは静かな涙だ。女を泣かせた。上官である前に男として失格だろう。この数日は互いにとって、一年とも呼べる程に重てえ秒針を刻む毎日だった。

それでも、お前は恋文を強請る。此処に綴られる言葉の真偽を問わず、それでも俺の言葉を好いていると口にする。懲りずに手に取る筆先が紙面を撫で、お前へ言葉を刻む一分一秒。しかし他人を信じられねえ俺に、お前を笑わせる事は不可能だ。俺の言葉は何処にでもある木の葉と思ってくれていい、謂わば宙を彷徨う塵と同じだ。帰る場所だとお前に告げた。唯一の居場所で有り続けると、麻薬と称した過去の名残りとは異なると。地獄の底で花を活けろと忠告した。お前は生まれ変わっても、紫蘭の花を連れていくと拒んだな。それなら俺はリコリスの花をお前に手向けよう。二度と忘れねえように、再び巡り合う為に。

ワインレッドの首輪が彩る。紅いマフラーに覆われたお前の首へ、ラベルを貼り付け、名前を刻んだ。しかしそれはいつでも外せる、いつでも燃やせるものだろう。お前は嫌な顔をしたな。決して外す事はねえと、決して燃やす事などする筈ねえと。しかし疑心暗鬼だ、俺はお前が俺の名を火に焼べるその瞬間を優しい顔で見届けてやる。永遠を信じることも一時の感情だ、それでも俺を望むと曇りない眼でお前は言うな。


総てが偶然の重なりだ。お前があの日壁外遠征に向かっていなければ。お前があの日ソファを予約していなければ、お前にあの日待っていてやると伝えていなければ。あの日、俺は理由も告げずテメエを突き放していた。そしてお前は帰る場所を喪い、新しい居場所に向かっていただろう。俺も居場所を作ることないまま狂気に溺れていたかもしれねえ。

そんな偶然が俺達を引き合わせたのなら。

お前と出逢って五ヶ月。紡いだものは哀しい記憶と、嘆きばかりだ。上面と、虚言しか知らなかった。この数日を一年と言うなら、それは俺達にとっての「永遠」だ。14日前のあの日、俺に殺されたいと願い乞うた。その総てを裏切り、生きる選択肢を与えた俺にお前は首を振ったな。とんでもねえ物好きだと心底思う。
忠犬ハチ公、その首輪はしっかりマフラーで隠しておけ。じゃねえと風変わりな変態プレイか何かと誤解をされる。テメエの名誉の為の忠告だ、屈辱を得てえだけなら好きにしろ。お前が一番欲しい言葉はお預けだ、それは本当に隣り合う価値がある奴にだけ言わせておけ。少なくとも俺は……他人を信用出来るまでは、お前を傷付け拒絶するしか出来る気しねえ。死に顔くれえは看取ってやるよ、お前の幸福を願いながら。それでも一言添えるなら、お前は他の誰より特別だ。その特別の積み重ねが、今の俺達を作っているんだろう。

焦がれている、お前に。
賢いお前なら、俺の言葉の真偽を見定めることは出来るな。ミカサ、お前に出逢えて良かった。
4 ミカサ・アッカーマン
ワインレッドの色の意味は、
「愛する人に愛されない切なさ」

数年にも感じたこの数日は、私にとって恐怖に抗う毎日でした。
あなたの心が壊れていく恐怖、あなたを失う恐怖。あなたに殺されることを願ったあの夜に夢は終わり、残酷な現実に向き合わなくてはならなくなった。…唯一の救いは、その間絶えずあなたが傍にいてくれたことです、リヴァイ兵士長。

あなたと連絡が取れなくなった三日間。色々考えました。夢も見た。あなたが死ぬ夢です。夜中に目が覚め嫌な汗をかき、それでも翌日の任務に差し支えないよう無理矢理眠ると…次に見たのは虚しいほど幸せな夢でした。あなたが壁外に出掛けていて手紙を出せる状況になかったと、すまなかったと謝られ私の気持ちが受け入れられる夢。二つ目の夢に関して話すのはこれが初めてです。呆れるほど都合のいい夢を見た自分が恥ずかしくてずっと伏せていました。しかし、先日あなたから毎夜見ると言う夢の話を聞いて…こういった類いの夢は精神の瓦解を防ぐため、人体の防衛本能が働いて見せる脳の幻だと結論付けたので、今は仕方の無いことだと割り切っています。

あなたを愛しいと思った。
あなたが幸せなら、その相手は私じゃなくてもいいとさえ。
傷つくのが怖かった私は、あの三日間であなたを諦めようと必死に気持ちの整理をしていました。でもその四日後、待ち侘びたあなたから他人との幸せを願われた時に感じた…冷水を浴びせられる感覚。諦めたはずなのにしばらく上手く呼吸すらできず、子供のように駄々をこねるのが精一杯でした。

…好きです。
感情が抑制できません。

あなたの言葉が木の葉だと言うのなら、風に飛ばされてしまう前に全て拾って集めよう。宙を舞う塵だと言うのなら、鍵をかけて部屋に閉じ込め空気ごと抱き締めよう。
私は、そんな儚いあなたの言葉で生かされている。

過去、相手を傷つけることしかできなかったと、別れ際には必ず暴言を吐かれ泣かれたと話すあなたを見て決めたことがあります。
もしあなたに突き放され二度と会えなくなることがあれば、私だけは幸せだったと笑ってみせる。本当に幸せだったから。あなたを好きになって、白黒だった世界が初めて色づいて見えた。世界が変わった。
…だけどあなたが私との約束を破ったことなんて今まで一度だってないから、きっとあなたは私の気が済むまで傍にいてくれる。そして、最期はあなたに看取られ、手向けられる微かな紫蘭の香りに微笑んで死んでいけると…信じています。もちろん首輪もそのままで。

言われなくても普段はマフラーで隠します。人に見られたところでさして羞恥も屈辱も感じませんが、あの首輪をつけてもらったことが名前を書かれたことと同義なら、その名前は誰にも見せず私だけの物にしていたい。そう告げれば…独占しない主義のはずだろうと言って、また笑ってくれますか?

無茶を言うのはやめてください。あなたの言葉の真偽なんて私に分かるわけがない。
…でも、その言葉だけは真であればいい。
私もあなたに会えてよかったです、リヴァイ兵士長。


人間不信の人類最強へ。いつかあなたの信頼に足る人間になりたいと…切に願います。
5 ミカサ・アッカーマン
今はもういない人。私ももう、ここには存在しないけど、しまい込んでいた手紙を見つけて…共に在ったあの一時を思い出しました。

あの時感じた胸を焼くような苦しみや悲しみは、今はもう感じない。感じるのは、少しの気恥ずかしさと…ただひたすらにあなたを想っていた懐かしさ。
片想いだったと、思う。でもあの一時、たしかに私はあなたを愛していました。

幸せになっただろうか。あの時思い焦がれていた相手と、一緒になれたのだろうか。

今はただ、幸せを願う。どこか危うげだった、愛しい人。どうかどこかで…幸せに。