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1 三/日/月/宗/近
物真似の物語
姫茴香、小荳蒄に早摘した罌粟の実、その他幾つかの香草と薬草。よく刻んで擦り潰し、香炉で焚いた煙を吸い込ませて漸く目蓋を落とす。八方手を尽くしたが、今のところこれが一番よく効くようだ。
こうでもしないと寝てくれない。眠り方を知らぬ刀というのは確かにこれまでにも何振りか在ったものの、皆一様に少しずつ馴染んでいった。その他にも、食い気が起こらないものや痛覚の鈍いもの、感情表現が極端に淡すぎるものも居たけれど、本/丸で過ごした時間の分だけそれぞれ人の身のこなし方を学び、理解し、誰もが自然と鋼と人体の差異について個々なりに腹に落とし込んできたものだ。
……いやはや、此方に顕/現して暫く経つが、お主のように頑なな刀も初めてだ。

寝ない、食べない、腕ひとつ跳ねようがどこ吹く風とばかりに敵の懐まで飛び込む姿は天晴、正しく研ぎ澄まされた刀そのものだ。しかし戦場に立つたび重傷で帰還するような沙汰が続けば当然、この度の謹慎処分も致し方ないと言える。
お主にとっては不服極まりない事態だろうが、せめてまともな食事と睡眠を一人前に覚えるまでは此処で俺とふたりきりだ。戦うのは好きなのだろう? であれば一日も早く部隊へ戻れるよう、まずは箸の持ち方から練習しようか。

物に憑くこと幾星霜、今更人の真似事をして何になると思っているのかいないのか、その心の内は尋ねてみなければ分からないが、此方も教えてやりたい事は山程ある。主と己の霊力で多少の無理は利いているようだが限界は必ず来るだろう、刀とは違う肉体の手入れを知って貰いたい。それに、この身は柔くて脆くて不便なばかりでも無いさ。直に分かる、きっと。

人の自覚は薄いが刃物としての殺傷力は高い、そのような個体を探しに来た。触れ合いを帯びるかどうかは成り行きによるが、役割を必要とする場面に於いて此方は刀側となる。
さて、先にも話した通りお主の思惑など聞いてみなければ分からない。……まあ、折角の機会だ。見透かせぬ腹も自ら割って開けばこの処遇の血路も見つかるだろう。其処にあるのが反発でも抵抗でも、あいにくお主の練度では俺に届かない。それとも一矢報いて此処から脱出を図ってみるか? はっはっはっ、それもまた一興だな。

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