22 無名さん
さして特別と主張もせずに、仰いだ視界を占める光彩の秀麗さ。天を二分し流れる川が、此れ程高く冴え冴えと望める思いも寄らない此の絶景は、さながら夜の"晴天"とでも言えるだろうか。元より天体を好む性質上、更には『憚らず逢瀬』と開け晒しの天で行われるだろう七夕の、健全で無駄な妄想も含め、全てにおいて余りある高揚感が身体を占めるのは当然の事に違いない。…目的が、寓話の浪漫を出汁にした盛大な恐怖体験への挑戦だとしても。さて、佳景へ惚け思い馳せていた意識を早々に奪ったのは他でもない、隣でふらりと膝から崩れ落ちた…"情緒"とは程遠い男の存在である。移動の間、最初こそオカルト話に嬉々として耳を傾けていた己ではあったが、いつの間にか熟睡してしまった緊張感の無さはご愛嬌。現状大自然の中に在りすっきりクリアな思考が保てる辺り、イベント実行陣営の小細工もとい揺さ振りへのダメージは皆無と言えるだろう。打って変って、明らかに全ての"負"を抱え跪く相方が、船上から続けて漏らすくぐもった声は、あれ程麗しく見えていた目の前の森を、瞬時に黒く聳える『魔の』等と変換さるには十分な物で)寒いなら長いの選んどけ、あ、いや…「武者震い、」なんだっけ?――っつうか初っ端から何の修行させる気だよ。百歩譲って背負ったとしたら、その場合当然灯台はスルーだ、スルー。あとリバース危機なら先に出しとけ、ほら今なら誰もいねえし。(震えのお陰で何時ぞの"争奪戦"を過ぎらせつつも、ややロールアップしたジャージの裾を指さしながら軽口を一つ。ぐったりと項垂れる相手の脇へ屈み込み「苦手」が見せる弱体化を若干気に掛けながら其の顔を覗き込んだものの、内心はどうあれ心配色など微塵も滲まない面に浮かぶのは、悪戯に歪んだ緩めの笑みのみ。然し何の気なしに懐中電灯を周囲へと向け"誰もいない"を強調する筈だった其の光が、海辺にある木造の小屋辺りを通過した所で、思いがけず窓際に佇む人影を捉えてしまうなど、ましてや其の影を互いが確認してしまうなど、…"出すより先に出ちゃってますね"と喉から声が"出ない"事態に陥るなど、此の時はまだ知る由もなく)

(/入室↑)