83 無名さん
“───つきましては入社手続きをさせて頂きますので、ご都合の良い日時を教えていただけますか?”

(またダメだったか──…何の含みも引っかかりもない、事務的ながらも前向きな雰囲気に彩られた採用連絡に落ち込む。電話の声の主は、面接の際にもいた眼鏡にスーツの青年だろう。平尾と言ったか。街で見かけることも少なくなったいわゆる“携帯”を、パタンと折りたたんで放り投げた。面接の時、星と名乗った男が己を見定める老獪な眼付きに久々に背中の傷痕が疼いたのは、買い被りだったのだろうか。ぐしゃぐしゃと癖毛をかき混ぜてクタクタの手帳とペンを手に取ると、今しがた電話を受けたオフィス・エイチという社名に、ビッと勢いよく打ち消し線を引く。びっしりと連なる社名は、全て求人面接を受けた探偵社である。最初こそ世間にはこんなにも探偵社が溢れかえっているのかと感心したものだが、“ダメだった”探偵社は、すでに十社をゆうに超えて、そろそろ後がない。──なぜ、採用連絡を貰ったのに“ダメ”なのか。それは己が面接時、大学以降の経歴について虚言・妄言・事実無根の大法螺吹きをかましているからである。もちろん、荒らしや愉快犯のつもりはない。ごく真剣に、自分を受け入れてくれる事務所を選びたいと考えあぐねた結果である。療養ニートで考える時間がありすぎたせいか、遊び心が行き過ぎて生来の底意地の悪さが色濃く出てしまったことは否めないが、“探偵社”と言うからには、探偵志望の素人のいたずらな嘘くらい、見抜いて暴いてくれなくては愚にもつかない。入社手続きの為と取ったアポイントだが、当日は正直に事情を話して辞退しよう。電話やメールではなく、直接謝罪に行くのがせめてもの誠意か。春先から、そんなことを繰り返している。もしかしたら単純に不採用となった事務所の中には、己の経歴が嘘八百だという調べを付けた結果もあったかもしれないが、特に追求されたことはない。しかし、このオフィス・エイチのように全く何の指摘もなく入社手続きを進めようとした間抜けな事務所も少なくないのは事実。余談だが、辞退を伝えたらその道の人に囲まれ恫喝された事もある。まったく事務所違いも甚だしい。探偵なんてそんなもんか。己は夢を見すぎているのだろうか。一度夢を絶たれたくせに。嘘を吐きながら本当の自分を見てだなんて歪んだ自己承認欲求を省みては自嘲する。これでは本当にニートの暇つぶしである。探偵になろうという気持ちは本物のはずなのに、上手くいかない。これはいよいよ最後の頼みの綱、某ナイトスクープ宛に“ぼくは、どうしても探偵になりたいのです”と依頼文をしたためた方が建設的だろうかなんて下らない考えが脳裏を過ぎる。だから、だから───)

“これから一緒に働くんだから、本当の君を教えてくれるかい?”

(11月某日、二度目に訪れた応接室のテーブルに並べられていたのは、学生時代から引退直前までの己の勇姿を遺した写真や記事の数々。一瞬、何が起きたのかわからなかった。決して有名ではないインディーズ団体で、素顔を隠し通した選手だったのに、たった数日でよくもここまで集めたものだ。ご丁寧にこの白塗りレスラーが己であると証拠付ける検証までされている。言い訳しようのない浮気現場の写真を並べて詰められる夫の気持ちはこんな感じだろうか。あるいは、ずっと探していた生き別れの恩人の元気な姿を収めた写真を見せてもらう気持ちは。まるで、マグマが足裏から吸い上げられて全身を巡り、古傷の残る脳天は電撃を受けて燃え盛るようじゃないか。忘れよう忘れようとされていた全身の傷痕が誇りと歓喜に疼き出す。───嗚呼、これが、探偵の仕事か。驚きに固まっていた口角が三日月を模り、そして雄弁に花開く。採用辞退ではなく、もう一度、ほんとうに、仲間になりたいと願うために。祈るように己の過去を、真実を、紡ぐ。生きる許しを乞うように。)


金子哲也です。3年前まで、プロレスラーをしていました──……
84 無名さん
金子哲也/カネコテツヤ
186cm/75kg/1984年6月2日
#e6b422
外見の特徴を一言で表すならば、大きいもじゃもじゃ。もう少し観察してみれば、いつも穏やかな笑みの形を湛える口元に、鼻くそ…ではなく、ホクロが一つ。
強健な肉体を着痩せさせるシンプルで肌触りのいいモノトーンの衣服を剥ぎ取れば、素肌は無数の傷跡とケロイドで彩られている。その為、夏場でも長袖を着用する。髪の生え際やこめかみにもうっすらと切り傷があり、少しの衝撃で流血しやすいのが悩みの種。
香水は、シャネルのエゴイストプラチナム。

greeting
はじめまして、金子哲也です。初めに言っておきますが、僕は死にぞこないです。命を賭してやろうと思っていた事をしくじって、あっさり夢を失いました。ですから、ここに持ち込んだ一つの依頼が、今の俺の全てです。夢を失ってなお惨めに生き永らえる俺に与えられたこの任務を、依頼者が満足してくれるまで完遂したいと思っています。未熟者ではございますが、他のご依頼も可能な限りお手伝いさせていただきます。ちなみに、荒事に関しては多少の心得がありますので、ぜひ気軽にお声掛け下さい。慣れるまでご迷惑をおかけする事も多いかと思いますが、よろしくお願い致します。

Information
せっかく進学した有名大学で興味半分に足を踏み入れた学生プロレス、よりにもよって流血当たり前のハードコア・レスリングにハマる。卒業後はインディーズプロレス団体に入り、更に過激な試合をしていたが、28歳で致命的な怪我により選手生命が絶たれ、引退を余儀なくされた。学生時代から徹底して素顔を隠し白塗りのピエロメイクで試合に出ていたため、日常生活でその経歴を悟られる事はないが、無数に刻まれた身体の傷は多弁であるため、素肌を見せることを極端に嫌う。選手生命を絶った大怪我のリハビリ中にひょんなことから「本来なら探偵にするような頼みごと」を得る。その仕事をより効率的なノウハウを持ってこなしたいという責任感からこの探偵社を見つけ出し、入社。現在もその依頼を最優先で継続しており、他の任務はサポート参加が多い。
穏やかそうに見せかけて本性は辛辣な毒舌家だが、その尊大さを表に出せば損をすることもよく理解しているため、普段は控えめで大人しい態度を取ることで高い好感度を維持するタチの悪い艶福家。自らの能力を人の為に使うことを厭わないので、時に思い遣り深く世話焼きな一面を見せることもある。