1

愛撫-(蛭魔*葉柱)アイシ

 前触れもなく呼び出されるのはいつものことだ。蒸し暑い夜気を振り払うように、葉柱はバイクのスピードを上げる。湿気は喉の奥にまで入りこみ、黒髪をなぶっていく風が汗を誘う。
 この前は繁華街の路地裏だった。更に前は、深夜の学校だったように思う。そして今は広さだけが取り柄の、さびれた公園。水銀灯がチカチカと忙しなく瞬いている入り口を入って一分の、影の深い植え込みだった。
 その目を見た瞬間、それがまともな用ではないことが知れる。幾分狂気的な目は、葉柱を射竦めさせるには充分だ。
 どちらも、口をきかなかった。きく前に塞がれた。ねろりと入ってくる舌は、先ほどまで噛んでいたらしいガムの味がする。
「……っふ……」
 漏れる息を、葉柱は必死に噛み殺す。この辺りは葉柱の学校の生徒が、用もないのにうろついているエリアのど真ん中にあった。この男はいつでも、そんな場所を指定してくる。
 住宅街の中の公園。遠くから聞こえてくるのは、父を迎える子供の声だろうか。葉柱は自分の低い体温が、それより更に低い体温の手に奪われていくのを感じる。
 愛撫は、ない。
 そうすることを、男は楽しんでいるようでもあった。葉柱が押し潰されたような悲鳴を必死になって堪えようとする、その様子が。
 目を見開き、葉柱は男を見ていた。うっすらと、その口は笑っている。だが、目は? 男の目はいつだって、葉柱を見ていたことはない。
2
「ぐ……ッ……!」
 余裕など与えられず、快楽などは言うに及ばず。葉柱が感じるのはただ痛みと圧迫のみであった。それでも、葉柱の体は反応を見せる。男の熱がむりやりに押し入ってくる、その信じ難い痛みと熱に、葉柱のものもまた、熱を持ってくるのだ。
「――――ッ…………」
 悲鳴も出なかった。準備のされていなかった内側は、男のものの熱に焼けただれそうになる。入り口は裂け、血が滲んでいるのは明らかだった。ただ傷を付けられるためだけに、葉柱は行為を受け入れる。声を堪え、見開いた目からは涙を流し、それでもその目は男の顔を捉え続けて。
 どちらも、一言も口をきかない。口をきく必要などなかったからだ。男にとって今の葉柱は道具の一つであり、葉柱もそれを知っていた。
 肩を掴まれ、木の幹に背中を押し付けられる。額から、首筋から、じっとりと汗が浮かんできていた。片足を持ち上げられた格好で、葉柱は男のものを感じ続ける。愛撫一つない行為をただ、男の限界の瞬間まで。
 それでも男が葉柱の体内に射精する、その瞬間に、葉柱もまた限界を迎えるのだ。痛みと圧迫、それだけしか与えられない行為の果に、葉柱もまた射精していた。


「ッ……、ふ……」
 はぁ……はぁ……はぁ……。荒い息が湿気の混じった空気を吸い込む。公園の植え込みに、既に男の姿はなく、ただ葉柱一人が、射精したばかりの自身のものを愛撫している。
「んッ…………」
 ヒクン……と、喉を仰け反らせる。思いだすのは、男の冷たい体温だった。その体温が自身のものに這い回る、その瞬間を、葉柱は夢想する。
 とろり、と、口の端から唾液が垂れた。後孔は裂傷のために熱く疼き、けれどその痛みが一層葉柱を煽っていく。
 男の目がどこに向いているか、葉柱は知っている。あの男が気違いになりそうなほど好いていて、それでいて――気配にすら出さずに思いをしまい込んでいる、相手。
 代わりにもならない。無言のままの男の行為は、無言のままに、葉柱にそう言っていた。お前では代わりにすらならないと、そう。
「く……っ……、ふ……」
 クチュッ……。
3
 吐き出した精液と、溢れ出した先走りと。長い指に絡みつかせて、葉柱は夢中になって自身を擦った。
「――………………」
 空いた手で、後孔に指を入れる。――中のものを、掻き出していく。指に流れてくるのは、確かに男の情欲の証だった。
「は……っ……」
 手は動きを止めてくれない。頭の天辺まで突き上がってくるような快感を、葉柱は感じていた。
 ――心の内でのみ、呼ぶことを許された名。決して縋り付いてはいけない背。快感すら、男からは与えられず、しかし、それでも。
「………………」
 ピチャリ。
 葉柱は舌を伸ばすと、指に絡みついた男の精液を、ゆっくりと舐めとった。それだけが自身に残された、男との行為の痕跡であったから。
「――――――ッ………………」
 目の前が弾け、一瞬景色が白く染まる。
 右手の中には熱いくらいの精液が吐き出されて――それで、全てがお終いだった。
「ッ…………」
 呟きかけた名を、葉柱は慌てて飲みこむ。ねっとりとした梅雨時の空気は、汗ばんだ葉柱の体を重々しく包み込んでいた。
 蛭魔。蛭魔。蛭魔。蛭魔。蛭魔――――――。
 心の内に幾度もその名を呼びながら、葉柱はひくりと一度、喉を震わせた。
 行為には愛撫もなく、だが、葉柱はそれだけで充分だと、自分に向かって嘘をついた。