1

3和樹くんのHappy Birthday

 僕は声が涸れるまで嬌声を上げ続けた……。

 


 恥かしい事を思い出して、固まってしまった僕の身体がふわりと浮きあがった。

「わぁ………っ……」

 司郎さんが僕を抱き上げたんだ。予想もしていなかった出来事だったので咄嗟に
 反応できなかった。

「思い出すのもいいが…ここでなくてもいいだろう…風邪を引いてしまう…。」

 いわゆるお姫様抱っこって格好にされた僕は、司郎さんの首に腕を回した。

「重くなったな……、和樹…」

「重いの? じゃ、降ろして…」

「そういう意味じゃない…。最初に抱き上げた時と比べたらってことだ……」

 司郎さんは可笑しそうに言って、僕をも1度抱え直した。

「成長したんだな…と言ったんだ…」


  ボォーン………、ボォーン………


 その時、壁の柱時計が鳴った。
2
時計は夜中の2時を知らせていた。

「…日付がとうに変わっていたか……」

 ベットへ行こうとした司郎さんの足が止まる。

「司郎さん…? 」

 司郎さんがじっと僕の瞳を見つめる。

 そして、ふわりと羽根のようなキスが額に降りた。


「15歳の誕生日……おめでとう。和樹……」


 僕の目は大きく見開かれた後、大粒の涙を零した。
 ぎゅうっと司郎さんに抱き付いて、その広い胸に顔を埋めた。
 
「一番最初に言えて、良かったよ……」

 僕の目からはますます涙が溢れて、司郎さんの胸を濡らした。


 嬉し過ぎるよ…司郎さん…。
 一番大好きな人に一番最初に祝ってもらえるなんて……


「そんなに泣くな……」

 司郎さんが強く抱き返してくれる。優しさの溢れた声と一緒に………。

「今日はお前のお祝いだ……、笑って見せてくれ。」

 言われて、おずおずと顔を上げて笑ってみたけど、僕はきっと泣き笑いの変な
 顔をしてる…。


「……大好き……司郎さん……」


 僕は涙声で小さく囁いた。司郎さんは極上の笑顔を見せてくれると、僕に
 そっと口付けた。

「私もだ……」

 そのままベットへ運ばれて降ろされる。
 再び、暖かい胸に抱き込まれて全身が幸福感で満たされる。

「さあ、寝よう…。おやすみ…和樹…」

「おやすみなさい…司郎さん……」

 満ち足りた心地よい暖かさが僕を眠りへ誘う。
 まどろみの中で聞こえてきた司郎さんの呟きを理解しないまま……。

「よく寝ておきなさい。次は眠らせないのだから……」
3
幸せ過ぎて、凪いでいる僕の心の中………。
 あの頃のように、ささくれだって嵐のように荒れ狂っていたのが嘘のよう…。

 ただの仮の誕生日だったこの日を、生きた本物の誕生日にしてくれたのは司郎さん…。


『仮でも偽物でもお前の誕生日は今日だ。』


 何も持たなくて、何も与えられなかった僕に全てを与えてくれた人…。
 あやふやだと思っていた僕の存在を確かなものにしてくれた人…。


『ポチャン…』


 凪いでいるはずの僕の心の中は、ずっと小石を投げ込むような波紋が広がってる。
 司郎さんのものになって、1年経ったくらいからそれは小さく始まった。


『ポチャン…、ポチャン…』


 心が満たされれば満たされるほど、波紋は大きく広がる…。
 今はまだ、そんなに大きなものではないけれど、この波紋はあの頃のような嵐を
 引き起こす可能性を持っている。

 
 最初の石を投げ込んだのは……加賀美さん……。
 あの人の一言が僕の心に不安の波紋を広がらせた。


『君は社長の……司郎さんの生きた玩具として引取られたんだ。
 本当に愛されてるなんて思わない方がいいっ!」


 憎憎しげに睨まれて吐き捨てられて、僕は固まってしまった。


  ―― 生きた玩具… ――


 その事実にショックは受けたけど、その頃の僕はもう、与えられる温もりの大きさに
 完全に依存していて手放せなくなってた。
 身体に司郎さんの全てを覚え込まされていて、離れることなんてできなくなってた。

 やっぱり、僕の思ってた愛と司郎さんの愛は違っていたんだ。でも…

 玩具に対しての優しさかも知れないけど、司郎さんは好きだって言ってくれる…。


 玩具だってなんだっていい…
 司郎さんが僕を見ててくれるなら……
 司郎さんが側にいてくれるなら……


 

 僕は心に広がる波紋を無視して、そのまま心も眠りの中に閉ざした………。


END