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1 でこ

どうしたら。

Twitterとかで繋がってくれる人はみんな好きな人や恋人がいてとても羨ましい。毎日頑張る理由があったり頑張ったら頑張っただけ褒めてくれる人がいるのがすごく羨ましく思える。
かと言って中卒引きこもりニートの自分にそんな相手ができるとも思えないし生きてる意味も見つからない。気力も出なくて毎日を虚無に溶かしてる。助けて欲しい。
(SH-03K/enabler ID:U2De6H)
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でこさんへ。

はじめまして、こんばんは。書き込みありがとうございます。
お辛い中、よく生きていてくださいました。
僕は以前、引きこもりは、すごくエネルギー(精神力?)を使う行為、状態だと聞いたことがあります。多くの人は、適度に外出したり、人と交流するほうが、引きこもるよりも楽だと思います。(別に、その多くの人の傾向から外れていても全然構わないのですが…。)

今の新型コロナ対策や対応でステイホームになり、家にこもる生活が苦しくて精神に変調をきたしたり、うつになる人も結構おられると思います。

でこさんは、そんなすごいことを続けてこられたのです。貴重なご経験をされたと思います。見方を変えれば、一種の修行僧のようでもあります。

ここに書いてくださりありがとうございましたm(__)m僕でよかったら、またお話しくださいね。そして、これからのでこさんに、素敵な出逢いがきっとありますように僕も願っています。
(SHV42/so-net ID:i4.RXO)
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でこさんへ。

追伸です。

ある神父さんのブログ記事を思い出しましたので、ご紹介させていただきますね。

信仰をすすめるわけではなくて、病の見方や捉え方が印象的だなあと思い、ご紹介させていただきたい気持ちでした。

英(はなふさ)驤齪N神父さんのブログ記事
『2018-10-26 心に重荷を負う人と共に』

https://iyashinofukuin.hatenablog.com/entry/2019/01/31/174602

より、一部を引用させていただきます。


“なぜこのように思うようになったかと言うと 、精神科医の方が書いたある本で、統合失調症の方で徘徊の癖がある。家を飛び出してどこかへ行ってしまうというので、精神科のお医者様は彼がどこを徘徊するのかを追跡調査しました。彼は元々山だった新興住宅街に住んでいて、人が通らない経路を歩いていました。調べたら彼が歩いている経路は、昔の山伏が歩いていた経路と全く同じだったという研究報告だったんです。それからわたしは物事の考えを変えたんです。病を負う人というのは宗教的な生き方をしているのではないかと思います。だから特別なことではないかと思うようになりました。例えばリストカットをする人は、 カトリックの伝統で言えば鞭打ち、苦行です。わたしの少し上の先輩は、自分の背中を打つ鞭打ちをやっていました。あるいは不眠症は徹夜のお祈り、古代からやっている苦行の一つです。あるいは摂食障害は断食。徹夜、断食、鞭打ちは三大苦行で、カトリックは長い間やっていました。時代が変わって現在はあまりやっていません。あるいは引きこもりは隠遁生活。もちろん病気は皆さんしない方がいいですけれども、病気の症状はある意味宗教的な要素がそのまま表れている。しかも膨大な数の人が、昔、修行者がやっていた苦行をいわば代わりにやっています。なんで昔、修行者が苦行をいっぱいやっていたかと言うと、罪の償いのためなんです。自分の罪だけではなしに、人類の罪の償いのために、イエス様と心を合わせて していた。〜中略〜これは単にわたしの仮説ですので、証明することは全くできませんので、それをみなさんに押し付けるつもりはありません。だからこそわたしたちは彼らと共に、復活を目指さなければなりません。”
(SHV42/so-net ID:i4.RXO)